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論文出版が先か、特許が先か、それが問題だ?!

ついに長年の研究の成果がまとまった!やっと今までの苦労が報われる日が来た!となれば一刻も早く研究成果を世に広めたいと思うでしょう。最新の研究論文を書き上げて、トップレベルの学術雑誌(ジャーナル)に投稿すべく執筆を急いでいるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。論文の公開を急ぐあまり、特許獲得のチャンスを逃していませんか?最新の研究で得られた発見、あるいは研究で生み出された発明を収益化できる可能性を見落としていないか、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

Publish or Perish(出版か死か)のプレッシャー

「Publish or Perish(出版か死か)」と言われるように、科学分野では出版することが最優先とされがちです。研究者は、出来る限り早く研究成果を公開・出版しようとする傾向が強いものです。その背景には、研究者の信念とも言える学術界の「出版か死か」という価値観があることは否めません。しかし、研究者が特許申請よりも論文出版を優先 させるのには、いくつかの理由があるのです。

  • 研究者、特に大学に所属する研究者は、自分の研究分野での実績を積み上げるためにたくさんの論文を出版しなければとのプレッシャー下に置かれている
  • 特許が取れる可能性や特許の価値に関して認識の薄い若手研究者や経験の浅い研究者は、自身の研究で鍵となる成果・発見を部外秘としておくことの重要性に気付いていない可能性がある(迂闊に「公開」してしまうことで新規性が失われ特許取得のチャンスを逃している可能性も捨てきれない)
  • 特許を獲得することによって得られる恩恵より、特許申請することに要する費用がかかることがあり、特に規模の小さいイノベーション技術で特許申請を行う場合に起こりがちである

なぜ特許権保護が重要か

研究者にとって最も貴重な財産は、自分の研究アイデアです。そのアイデアを特許で保護していなければ、誰でも自由にあなたの発見を真似ることができてしまいます。特許を出願するということは、他者が利益を得るためにあなたの発見を利用/悪用することを「防ぐ」ための独占権を獲得することを意味しています。特許を取ることによって、対象となる研究の成果の利用・実施(生産、販売など)を独占できるだけでなく、権利侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できるようになるのです。一方で、この独占権を得るため、特許所有者は特許に関する技術情報を開示しなければなりません。

研究成果で特許を取得すれば、自身の発見を商業的に活用し、金銭を得ることも可能になりますが、研究者は、少なくとも特許出願が受け付けられるまでその成果を出版物として公開するのを待たなければならないのが一般的です。

研究者が成果を公開するタイミングに特許が取得できる国もありますが、特許取得の手続や取得に要する時間はまちまちです。アメリカ、オーストラリア、韓国、日本といった国々でも状況が異なっているのが現状です。これらの国では、原則として特許出願より前に公開された発明(発見)は特許を受けることができません。しかし、論文として発表した後の特許申請を一切受け付けないとしたのでは、研究者にとって厳しい状況となってしまうことを考慮して、一定期間であれば特許出願前に発明内容を公表(論文発表)しても新規性が失われないと見なされる期間「グレースピリオド (猶予期間)」が設けられている国もあります。これは、出願に先だって学会などで発表した発明の特許出願であっても、その新規性が喪失していないものとして扱うという例外的処置ですが、発表から出願までの期間に他者から同じ発明、あるいは学会発表などでアイデアを得て改良した発明を特許出願されるというリスクがあることは念頭においておく必要があります。また、特許の要である「新規性」に関する規定や特許取得に要する期間、グレースピリオドの長さや出願時に手続する必要があるかどうかなどは国によって異なるので 、それらへの注意が必要です。グレースピリオドは、概ね6ヶ月から12ヶ月以内と規定されているようです。例えば、日本の特許庁の情報によれば、日本で特許出願を行った場合は、出願後に方式審査と実態審査を経てから特許査定を受けることができるようになっているため、出願内容が一般公開されるのは1年6ヶ月経過後と書かれています。日本のグレースピリオド(特許法第30条)の期間は2018年に特許法が改正されたことにより6ヶ月から1年に延長となりました。が、出願時に手続が必要です。このように法自体が改正されていることもあるので、特許出願の際には提出先の国の法律にも十分に注意してください。

グレースピリオドがある場合であっても、発表前に出願することが最も望ましいと考えられるため、研究者にはまず特許出願を行い、それを学会や学術雑誌(ジャーナル)に発表するといった手順を踏むことをお勧めします。

何が「公開」に当たるのか

ここで、特許における「発表」あるいは「公開」には何が該当するのかを見直してみます。学会でのプレゼンやビジネス展覧会(イベントでのブースなど)での展示ばかりが「公開」ではありません。学会の要約集、編集者への手紙、ジャーナル記事、Eメール、公開フォーラムへの投稿、ポスター発表などさまざまな手段を介して特許申請を行う「発明」が他者に伝わることも含まれます。2011年の特許法改正(2012年4月1日施行)によって、集会・セミナー等で公開された発明、出版として形に残らないテレビやラジオ等で公開された場合でも「公開」対象となっています。一度公開されてしまったら、それが議論、提示、出版の形式に関わらず、最新の技術(=新規性のある発明)とは見なされなくなり、新規性が喪失した発明は特許を取得することができなくなるので、細心の注意が必要なのです。

特許に関連する内容をどうやって発表すればよいのか

自分の研究成果が知的財産となる可能性を有している場合には、内容について他者と話したり、上に挙げたような不本意な「公開」をしたりする前に、指導教官や上司と話しをしましょう。卒論発表も含めた研究発表に特許出願する可能性のある研究成果が含まれている場合でも、注意が必要です。論文として発表する場合も同様で、事前にジャーナルの編集委員にその旨を伝えておくことをお勧めします。ジャーナルの編集委員が、特許関連の論文を発表する際のルールを知らせてくれることもありますし、ジャーナルに投稿する前に知財担当部門または特許アドバイザーによるレビューを経ることになるかもしれません。一度投稿した原稿を特許申請に備えて取り下げたとしても、特許申請が通った後に、獲得した特許情報を追記した上で改めて投稿することは可能ですので、編集者に相談してみることが得策です。

また、大学や研究機関に所属している場合には、特許申請および特許権に関するルールを所属機関に確認しておくことも大切です。

特許申請と研究成果の発表を両立させるために

研究者が成功を収めるためには、研究成果を学会や論文として発表し続け、研究資金の獲得につなげていくことが重要です。では、どうすれば特許申請と研究成果の発表を両立させられるのでしょうか。幾つかのポイントを挙げてみます。

  1. 所属機関や大学の技術移転部門や知財担当部署からの助言を受け、特許保護を獲得するための策を立てます。計画的に対策を講じておくことにより、あなたの研究成果(知識と識見)、発見を守りつつ、学術コミュニティに貢献することは可能です。
  2. SNSなども含めた公共の場で研究成果について話をする、発表する、公開する前に、特許出願を行いましょう。
  3. 研究内容を提示したり研究要旨を書いたりする場合には、注意しましょう。第三者があなたの成果(発明)を模倣できるほど詳細な情報を掲載・漏洩したりしないようにしてください。
  4. 研究成果に興味を示してくれそうな組織や企業と話をする際には、研究内容の細かな要素を提示することはせず、概要を広く説明します。
  5. 第三者(研究成果に興味を示してくれそうな投資家や購入希望者)とビジネスの話をする際には、協議を始める前に秘密保持誓約書を確認し、締結させておくようにします。
  6. データ、構成要素、主要な内容に関する記述は暗号化させるなどの情報漏洩対策を取っておきましょう。
  7. 研究成果を提示する最適な方法について、法的な専門家のアドバイスを受けるようにして下さい。
  8. 研究成果(発明)について明確かつ詳細を示す代わりに、一般的な記述をするようにします。

特許申請と研究成果の発表の両方を成功させるために必要なことは、計画を立てること、自制心を持って行動すること、先見の明を持ちつつ注意を怠らないことです。

繰り返しになりますが、特許出願を行うために重要なことは、発明の新規性です。特許申請を先に行うことが推奨されていますが、日本の特許法では第30条で新規性喪失の例外規定を定めることにより、学会などでの発表後1年以内に特許出願をすることも可能となっています。確かにさまざまな注意は必要ですが、研究成果の特許申請することは、発表を妨げるものではありません。必要な情報をきちんと精査した上で、特許申請を検討してみてはいかがでしょうか。

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