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捕食出版社: 学術出版界に広がり続ける病

捕食出版社は、一般的にオープンアクセス(OA)の形で学術雑誌(ジャーナル)を公開しており、それらは捕食ジャーナル(あるいはハゲタカジャーナル)と称されています。こうした捕食出版社(ハゲタカ出版社)は、論文の投稿者に論文掲載料(APC)を課しますが、査読は行いません。捕食ジャーナルに論文を投稿する研究者は後を絶ちませんが、時には投稿先の学術ジャーナルが査読付であるかのように見せているだけであることに気づかずに投稿してしまう研究者もいます。研究者としての実績の評価基準に出版数が含まれているため、研究者にとって論文の出版数は重要なのです。

研究者を捕食する出版社

捕食ジャーナル (predatory journal/ハゲタカジャーナル) は、広く批判されてきました。実際には提供していないサービスに課金し、査読なしで論文をアクセプト(受理)するので質の低い論文が公開されることになります。そのことに気づかない読者は、これらの出版物を信頼してしまうかもしれません。つまり、読者の研究に悪影響を及ぼす可能性があると言えます。にもかかわらず、捕食ジャーナル掲載される論文の数は増えています。2014年には約8,000の捕食ジャーナルに42万本の論文が掲載されていたと推測されていましたが、この数が同じペースで増え続けていたとすれば、2021年には、15,000誌、掲載される論文は約78万本にまで増えているとだろうとの分析もあります。

多くの若手科学者が、どのように運営されているかに気づかずに捕食ジャーナルに論文を投稿しています。捕食ジャーナルでは論文が簡単に発表できるので、「Publish or Perish(出版か死か)」と言われるほど論文の出版を重視する学術環境では魅力的な投稿先なのです。投稿した学術論文がリジェクト(却下)されることはよくありますが、捕食出版社ではアクセプト(受理)されやすいので、少なくともその捕食ジャーナルが著者を食いものにしていると分るまでは、投稿先として選択してしまうのです。

一方で、投稿先の学術ジャーナルが補足ジャーナルだと知りつつ投稿する著者もいます。論文を発表する必要に迫られて、簡単にすぐ掲載してくれる捕食出版社を選ぶ可能性もあります。さらに、学術界での地位を上げていくためにも論文を出版する必要があります。投稿先が補足ジャーナルかどうかを所属大学が調べていなければ、捕食ジャーナルへの掲載であっても論文の出版実績という常勤職に就くための必要条件をひとつ満たすことができるのです。

捕食ジャーナルの影響

捕食ジャーナルは、オープンアクセス(OA)・ジャーナルの信頼を損ないかねません。良質なOAジャーナルも、論文著者に掲載料を請求しますが、主な違いは、良質な学術誌は厳格な査読を行っているという点です。しかし、研究者がOAジャーナルの区別をするのは難しい場合があります。当時米コロラド大学デンバー校の図書館員であったジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)はこの問題に取り組み、、研究者を食いものにしている疑いのある1,155以上の捕食ジャーナルをリスト(ビールズ・リスト)にしました。しかし、このリストは2017年に閉鎖され、現在も再開されてはいません。

信頼を損なうこと以外の影響はどうでしょうか。この問題を取り上げた論文(Who is Actually Harmed by Predatory Publishers? )を参照してみましょう。

学術論文の著者は、自らの研究を公表するために論文を投稿するので、捕食ジャーナルであっても研究論文の公開という目的を達成することはできます。しかし、捕食ジャーナルで論文を発表した場合、一般的に著者の評価は下がってしまいます。捕食出版社が該当論文を受理しても、他の出版社では受理されないだろう、という見られるからです。そのため、捕食ジャーナルで論文を発表した研究者は、他の研究者から軽んじられてしまう可能性は捨て切れません。

研究者がどの学術ジャーナルに論文を発表したかは、研究者としての昇進の判断のひとつとして考慮されます。研究者が書いた各論文の評価を行うには、かなりの時間がかかるので、短時間で評価するひとつの方法として、単純に何本の論文が信頼できる学術ジャーナルに掲載されたかを見るのです。その研究者がすぐれた学術ジャーナルで多くの論文を発表していれば、昇進させるべきだと考えるでしょう。

捕食ジャーナルに質の低い論文が掲載された場合、一般の人々はだまされるかもしれませんが、掲載論文の質が明らかによくない場合は査読が行われていないことが明らかです。しかし、比較的質のよい論文の場合、読者が研究の不備を見つけるのが難しくなり、不正な研究を応用してしまう問題となりかねません。

捕食ジャーナルでデータが発表された場合、インターネット上にフェイクニュースが溢れるご時世、信頼できる情報かを見分けることがさらに難しくなります。捕食ジャーナルは、科学分野の学術ジャーナルの一般的な特徴の多くを備えており、編集委員会を設けて、査読を実行し、論文を出版していると主張します。しかし、捕食ジャーナルは不完全な論文を公開することで、信頼を落としているのです。

どう対処すべきか

捕食出版社の問題は、さらに大きくなりつつあります。しかし、これらの出版社は、学術界の課題を明らかにするものでもあります。発表論文数がここまで重視されなければ、捕食ジャーナルに論文を投稿する研究者は減るかもしれません。研究職の採用は、研究者の業績の質に基づいて判断されるべきです。また、研究者の昇進は、発表論文数やどこに論文を公開したかで判断されるべきではありません。

論文が掲載された学術ジャーナルを論文の質の指標とするのをやめる必要があります。学術ジャーナルのインパクトファクターが論文の影響を示す絶対的な指標ではないと言われる理由です。論文の有用性を評価する別の方法が必要なのです。論文の価値を考える際、例えばその論文の引用数は、学術ジャーナルのインパクトファクターよりもよい手がかりになるでしょう。

捕食出版社は、OAにも悪い影響を及ぼします。捕食出版社の存在は、科学ジャーナルが、OAジャーナルに論文を発表したい著者の信頼を得ることを難しくするのです。また、捕食ジャーナルによる悪行を、従来型の学術ジャーナルが、OAジャーナルへの論文投稿を避けるように研究者を説得するための材料として使うこともあります。OAは、世界中の研究者にとって重要です。情報を隠し続けようとするいかなる行為も、科学の発展にはつながりません。

捕食ジャーナルは査読のないOAジャーナルであり、掲載されている多くは質の低い論文です。だまされて論文を投稿してしまう著者もいることでしょう。捕食ジャーナルの正体が明らかになった場合、研究者としての昇進や常勤職の採用判断の妨げになるかもしれません。投稿先の学術ジャーナルによって論文の質が測られることがなくなれば、捕食ジャーナルの存在がこれほど深刻な問題ではなくなるかもしれません。


参考情報
セミナー案内:ハゲタカジャーナルに引っかからない秘訣

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