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研究室立ち上げを巡るジェンダー格差

学術界における ジェンダー格差 は根深いものがあり、さまざまな場面で顕在化しています。今回は、ある女性研究者が自分の研究室を立ち上げ、研究責任者として研究を進めていく際の苦労を見てみましょう。

まわりの女子学生が減っていく

女性研究者(仮にJさんとします)は疫学が専門で、優秀な成績で大学院を卒業し、博士号を取得しました。彼女は大学、大学院と進むに従い徐々に周囲の女子学生の割合が下がっていくことに気付きました。学部生のときには同級生に女性が何名もいたのですが、大学院で修士課程・博士課程と進むと、次第に女子学生の数が少なくなり、研究室に所属するころには女性は自分一人となっていました。学会に出席すれば登壇して発表するのは男性ばかりであることが多く、読む論文の執筆者もほとんどが男性です。指導教官も男性ばかりです。博士課程に進んだときに、同じ学部にいた若い女性の教授に指導を受けたいと考えていましたが、その教授は出産のために退職してしまいました。代わりに指導を受けた男性の教官は、幸いにして女子学生が学術研究を続けることにも理解があり、女性が自分だけという研究室でも無事に博士課程をやり遂げることができました。

新米PIだから?それとも…

博士号を取得したJさんは、首尾よく研究助成金を獲得して、自分の研究室を立ち上げて研究責任者(PI)となることができました。これで思う存分に自分の研究をすすめることができるのだ、論文をどんどん発表するのだと意気込んだのですが、現実はそれほど甘くはありません。獲得できた助成金は決して少なくはありませんが、十分でもありません。研究助手を8名採用したいと考えていたのですが、予算上許されたのは3名でした。人手不足は自分で埋めざるを得ず、論文執筆も計画通りに進まなければ、学会への出席もままなりません。Jさんは、研究室を立ち上げたばかりの新米PIとしては致し方ないことと、無理やり自分を納得させて奮闘していたのですが、どうやら同じ新米研究責任者でも境遇が異なる人がいることが発覚しました。同じころに研究室を立ち上げた男性のPIが「研究助手が10人いるから助かるよ。今年中に論文を発表できそうだ。」と休憩室で言っているのが、Jさんに聞こえてきたのです。

研究助成金にもジェンダー格差が

研究助成金の金額にジェンダー格差があるということなのでしょうか?米国医師会が発行する学術雑誌(ジャーナル)JAMA (Journal of the American Medical Association)に掲載された研究によると、米国の国立衛生研究所(NIH)が2006年から2017年に付与した約5万4千件の研究助成金を対象にした調査では、初めて助成金を受給した研究者の平均受給額が、男性は16.6万ドルであるのに対し、女性は12.7万ドルと4万ドル近い差があることがわかりました。本人が知らないうちに女性というだけで、助成金の額が男性研究者よりも少なかったのです。同じくJAMAに2015年に掲載された論文にも、男性研究者は研究キャリアの初期段階で女性より潤沢な資金提供をされていたことが示されていました。

また、2012年から2018年の間に初めて自分の研究室を持ったPI 365名の男女格差に関する英国の調査でも同様の傾向が見られます。PIの給与額を男女で比較して見ると、給与額としては低い3万~4万ポンドの男性は約3割なのに対し、女性は約5割。助成金については、受給件数が少ない(2件以下)のは男性が約5割弱なのに対し、女性は約6割弱、といずれの指標でも女性の方が男性よりも不利な状況に置かれていることが示されていました。

ただし、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)に発表された、NIH助成金を受給していた3万5千人の研究者を対象とした調査では、若干違う面も見えています。この調査は、1991年から2010年の間に初めて研究助成金を獲得した研究者のその後、2015年までにどのような経緯をたどったのかを追跡したものです。その結果、女性研究者はキャリアの早い段階での離脱者が多いものの、助成金取得までこぎつけた女性研究者が研究を継続する長さは、男性に比べてわずかに短かっただけで、継続年数にそれほど大きな差はありませんでした。これは女性研究者にとって事態が改善してきていることを示唆していると言えるでしょう。しかし一方で、女性研究者は男性よりもプロジェクトを継続するために助成金の更新申請をする率が低く、実際に獲得する金額が男性よりも少ないことから、学術界で女性研究者が生き残るには苦労が多いことも見てとれます。とはいえ、最初の助成金更新ができれば、その後は継続して支援を受けることは可能であると言えそうです。

道のりは険しく

Jさんの苦労は続きますが、同じ状況におかれている研究者が多数いることも分かっています。先に挙げた英国の調査では、対象研究者の25%が必要な指導を受けていないと感じており、指導教官につけなかった女性は自分のキャリアに不安を抱いています。さらに、約20%の対象者が自分の置かれた環境に不満を持っていることが示されているのです。
Jさんは落ち込みがちとなり、消耗感が強くなっていきます。自分の経験を省みて、自分の研究室を持った女性研究者にとって不足しているのは何かと考えます。研究室の管理と自分の研究を両立させるにあたっての相談ごとを持ち込める指導者がいたらとても有難いのに、学会などに参加して人的ネットワークを広げるための資金的余裕があったらいいのに――など切実な思いがこみ上げます。

現状では、大学や研究機関の多くは自分の研究室の管理も含めた研究活動をPIの自己管理に任せていますが、女性研究者にとって不利な状況があることも事実です。学術界、とくにSTEM分野の研究者におけるジェンダー格差を改善する取組みが粘り強く進展していくことを、Jさんは願っています。


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