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生物多様性に忍び寄る危機―世界で今起きていること<気候変動編>後編

「世界で今起きていること<気候変動編>」。前編 では、生物多様性の危機的な現状とそれがもたらすことを取り上げました。後編では、生物多様性の保全、回復に向けた世界の取り組みを見ていきます。


生物多様性を守るための世界の取り組み

国連は、2019年3月の総会で、2021年から2030年までを「生態系回復の10年(the UN Decade on Ecosystem Restoration)」と位置づけ、生態系を回復する取り組みを大規模に拡大すると宣言しました。

2022年12月には、国連の生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)、カルタヘナ議定書第10回締約国会合(CP-MOP10)及び名古屋議定書第4回締約国会合(NP-MOP4)の第二部が、カナダ・モントリオールで開催されました。ここでは詳細に踏み込みませんが、「カルタヘナ議定書」とは特に遺伝子組換え生物の輸出入などに関して定めたもの、「名古屋議定書」とは遺伝資源の取得の機会とその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を定めたもので、ともに生物多様性を保全するための国際的なルールです。

CBD-COP15では世界の生物多様性の保全目標「昆明-モントリオール生物多様性世界枠組」が採択され、これから2030年、2050年に向けて世界が目指すべき方向性が示されました。そして、翌2023年5月には、自然資本分野に基づく目標設定方法の開発を行っているイニシアチブであるScience Based Targets Network(SBTN)が、淡水、土地、生物多様性、海洋、気候まで含む自然への影響に関して科学的根拠に基づいて目標を設定する―Science-based Targets for Nature(自然に関する科学に基づく目標設定)―ためのガイダンス(方法論)を公表しました。

また、生物多様性を守るための国際的な取り組みはビジネスにも広がっています。TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, 自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業や金融機関の経済活動に対して自然環境や生物多様性の変化がどのような影響を及ぼすかのリスクと機会を評価し、情報開示・報告を行うことを促し、ビジネス活動と生物多様性の関わり方、社会と自然の相互作用を可視化するためのものです。生物多様性の損失は自然資本の劣化に直接的に関係しているので、その影響が経済活動を低下させる可能性は無視できません。TNFDは、生物多様性の損失を食い止め、回復させる「ネイチャーポジティブ(2020年をベースラインにして、2030年までに自然の損失を停止、または反転させる)」の実現を目指し、2023年9月 18日に最終提言(日本語版はこちら)が公開されています。前述のSBTNとTNFDは密に連携しており、TNFDの枠組を用いて企業が設定する科学に基づく目標はSBTNガイダンスに準拠することが推奨されています。

その他、2024年1月には、国際的な持続可能性報告ガイドラインを策定するGlobal Reporting Initiative(GRI)が、生物多様性に関する新たなスタンダード「GRI101:生物多様性2024」を公表しました。こちらは2年間の実証運用を経て2026年1月1日から公式に適用される予定ですが、世界中の企業や団体が事業運営およびバリューチェーン全体を通じて生物多様性に与える影響を包括的に開示することを支援するものです。環境コンサルタントや企業のサステナブル部門などの仕事に興味がある方は、こうしたビジネス関連の情報にも目を通しておくと良いでしょう。

日本にも「環境基本法」や「生物多様性国家戦略」など、数々の生物多様性の保全に関連する法律や政策がありますが、特に1995年に立案され、それ以降4回の見直しを重ねている「生物多様性基本法」は、日本が生物多様性施策を進める上での基本的な考え方が示されている法律であり、生物多様性に関する取り組みの中核をなすものと言えます。

2023年3月には、「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました。これはCBD-COP15での合意を踏まえ、新たな世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に対応し、かつ、2030年ネイチャーポジティブを実現すべく地球の持続可能性の土台であり人間の安全保障の根幹でもある生物多様性・自然資本を守り、活用するための戦略と位置付けられています。

出典:環境省、令和5年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書 (要約)

生物多様性とSDGs

国連が主導するSDGs(持続可能な開発目標)にも、生物多様性および生態系サービスの保全・維持を呼びかける項目―目標14「海の豊かさを守ろう」と15「陸の豊かさも守ろう」―が含まれています。これらは本シリーズの第一弾「地球温暖化」でも紹介したSDGsのそれぞれのカテゴリーの関連性を示した「SDGsウェディングケーキモデル」において最下層の「生物圏(Biosphere)」に位置付けられていますが、ここまでに記したように生物多様性および生態系サービスは危機に瀕しています。生物圏が損なわれれば食料や資源の確保が難しくなるだけでなく、感染症の発生・拡大、必要な遺伝資源や薬用資源が入手できないことによる医薬品の開発の停滞など、さまざまな影響が出ると考えられています。

地球環境が適切に保全されていることが、社会と経済が発展するための前提であるにも関わらず、私たちは自らの命と暮らしを支える生物多様性を自らの手で危機的な状況に陥らせているという現実から目を背けてはいられません。気候変動と生物多様性の損失という2つの危機は、地球上で私たちが生存し続ける上での最大のリスクなのです。

内閣府が2022年7月に行った生物多様性に関する世論調査によると、「生物多様性」という言葉の意味を知っていると答えた回答者は29.4%だけでした。自分たちの生活、口にする食料などに密接に関わっている事なのに非常に認知度が低いのです。

生物多様性の保全のための取り組みとしては、「生産や流通で使用するエネルギーを抑えるため、地元で採れた旬の食材を味わう」という回答と「取り組みたい行動はあるが、行動に移せてはいない」との回答が同じ割合(33.7%)だったのを見ると、言葉を知っていたとしても具体的に何をしたらよいのかが分かりにくいのではないかと思われます。環境省が「MY行動宣言」という生物多様性を守るための行動を示した啓発ツールを公表していますが、生物多様性の保全のための取り組みは早急に強化される必要があるでしょう。

最後に、生物多様性に関連する研究論文の中から、日本の大学や研究機関によって発表されたものを紹介しておきます。

生物多様性に関連する研究紹介

グラント情報

「生物多様性」理解の助けになる視聴覚素材・ニュース・資料

参考資料

この記事が、生物多様性に興味を持っていただくきっかけになれば幸いです。本シリーズの次の話題としては、SDGs目標14でもある海の豊かさにつなげて、「海洋汚染」、特にプラスチック汚染について取り上げます。

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