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研究の選択バイアスを軽減する10のヒント

学術研究では、真実を明らかにするための注意深い目と客観性を確保するための揺るぎない意思が不可欠ですが、本人も気づかないバイアスは、どのように注意すればよいのでしょうか。

成功事例だけが注目されて語られ、失敗事例は記録されずに顧みられることもない―これはsurvivorship bias(生存者バイアス、または生存バイアス)と呼ばれる選択バイアスの一種で、学術研究でも生じうるものです。生存者バイアスは、洞察力をにぶらせ、理解をゆがめてしまう恐れがあります。特定の行動において成功することが当然で、その結果が保証されているかのような思い込みを植え付け、失敗事例の有用なデータを隠してしまうのです。こうなってしまうと、誤った結論、誤った決断に至りかねません。本記事では、学術研究における生存者バイアスについて探求し、その広範囲に及ぶ意味を探り、研究に与える7つの影響と、バイアスの落とし穴をうまく切り抜けるための10のヒントを紹介します。

生存者バイアスとは

生存者バイアスとは、あるプロセスや出来事の「生存者」のみを基準に判断し、生存(成功)しなかった人や事象を無視したときに発生する選択バイアスの一種です。このバイアスの名前は、「生き残った」つまり、選択を通過できたデータだけに焦点を当て、「生き残れなかった」データを無視したときに発生するエラーに由来しています。成功事例のみに注目し、失敗事例(生存していないデータ)を顧みないことによって、不完全で歪んだ結果の考察を導き出してしまうのです。このバイアスは、ビジネス、金融、歴史、そしてもちろん学術研究など、さまざまな領域で散見されます。研究者がこの生存者バイアスの影響を軽減するためには、多様な視点やデータを積極的に分析に取り入れる必要があります。

研究における生存者バイアスの影響

生存者バイアスは、事実の認識を歪め、誤った結論を導く可能性があります。失敗例や不成功例を見落とすことで、リスクを過小評価したり、成功の可能性を過大評価したり、さらには誤った仮定や方策を採用したりすることにつながりかねません。生存者バイアスを軽減・回避するためには、生存者と非生存者の両方に目を向け、極端な事例だけでなく、結果の分布全体を分析することが極めて重要なのです。

研究における生存者バイアスの例

ヘルスケアおよび医学研究における生存者バイアスの例を見てみましょう。治療や介入に成功した患者のみに焦点を当ててしまう生存者バイアスは、その医学研究に影響を与える可能性があります。生存者バイアスは、疾病診断、その中でも特に診断後の生存率を調査する際に見られます。例えば、重篤な診断をされてからの患者の生存率を見た時、診断後まもなく患者が死亡した場合、その患者は調査対象者数に含まれないので、見かけ上、生存率は高くなります。一般的に若く、体力もあり、良好な既往歴などといった因子を持つ患者(被験者)は予後が良好で、こうした因子を持たない患者と比較すると高い生存率を示す傾向にあります。しかし、病気の診断後から一定期間のみを切り取った生存率の計算では、死亡した患者が除外されるケースが多く、結果として実際の確率より健康な人の割合が過剰になってしまうのです。

COVID-19のような世界的なパンデミック事象の場合、ウイルスの影響を正確に評価することは困難です。疫学者や医療専門家は、生存率の計算だけに頼っていては包括的な把握ができないことに注意を促しています。例えば、COVID-19の検査を受けずに死亡した人は、ウイルスに関連した公式の死亡者数に含まれません。このことがCOVID-19感染者の生存率を分析する上で偏りをもたらす可能性は捨てきれません。特に、検査能力やインフラが圧倒的に不足している国では、データが不完全になり、生存率の計算に歪みが生じる恐れがあります。

「生存者バイアス」の例として最も有名なのは、第二次世界大戦中の軍用飛行機の話 でしょう。第二次世界大戦中、コロンビア大学の統計学者アブラハム・ウォルドと彼の研究チームは、軍用飛行機の研究で生存者バイアスの興味深い例に遭遇しました。彼らの任務は、敵機に打ち落とされないように飛行機の装甲を補強することでした。その任務達成のために帰還した飛行機の損傷箇所を分析し、そのデータから機体の補強箇所を提案することがミッションでした。最も損傷を受けた箇所を補強することは、一見合理的なように見えますが、ここに生存者バイアスが潜んでいます。

ウォルドは、撃墜され、帰還できなかった飛行機を無視して、無事に帰還した飛行機の損傷部位だけを考慮したのでは生存者バイアスがかかってしまうことに気づきました。この発見は、彼らのアプローチを変えることにつながり、ウォルドは、帰還した飛行機の損傷が激しい部分は、むしろ、その箇所に被弾しても帰還が可能だったのに対し、急所となる部位を損傷した飛行機は撃墜されてしまったと気づきました。ウォルドはこのバイアスを考慮し、データで過小評価されていた部分、具体的にはモーターとコックピットの周辺を補強することを提案しました。これらの急所に被弾した飛行機は撃ち落とされて帰還できなかったので、その機体の損傷箇所のデータは含まれていなかったわけです。よって、生存者バイアスを考慮した上で必要な部位を強化することにより、本当に必要な補強を施した機体ができました。

生存者バイアスは学術研究においてもいくつかの重大な影響を及ぼし、調査結果の妥当性と信頼性を損なう可能性があります。以下は、生存者バイアスが研究に与える主な影響です。

1.結論をゆがめる:生存者バイアスは、相関関係と因果関係についての基本的な誤解から生じるものなので、生存者バイアスがかかると結論がゆがめられ、事実が誤って伝えられることになりかねません。生存者や成功事例のみに注目することで、研究者は不正確な結論を導き出したり、研究対象の集団や現象全体について不当な主張をする恐れがあります。

2.理解不足をまねく:生存者バイアスにより、研究対象に対する理解が不完全になる可能性があります。非生存者や想定範囲外の結果を除外することで、結果に変化をもたらす根本的なメカニズムや要因に関する洞察につながる重要なデータを見逃すことにつながりかねません。

3.サンプル選択に偏りが生じる:生存者バイアスは、研究参加者やサンプルの選択に影響を与える可能性があります。研究者が、生存した、または何らかの目標値に達した個人または団体のみを含み、生存していない/成功しなかった個人または団体を除外することで、意図せずにサンプルに偏りが生じてしまうことがあります。バイアスがかかることで、結果に歪みをもたらし、調査結果をより広い集団に適用することができなくなってしまいます。

4.統計分析に偏りが出る:死亡症例や失敗事例が含まれないというバイアスがかかると、統計解析に偏りが生じる可能性があります。このバイアスは、分布のゆがみ、効果の過大評価、あるいは誤認されかねない統計的関係を導き出す恐れがあり、その結果、統計的有意性や結果の解釈が不正確になったり、誤解を招いたりする場合があります。

5.出版バイアスへの影響:生存者バイアスは、研究結果の出版にも影響を及ぼす可能性があります。学術雑誌(ジャーナル)や出版物は、肯定的あるいは影響量の大きな結果を示す研究成果を掲載する傾向が強く、否定的ともとれる結果や成果が見えずらい研究成果は採択されない可能性があります。出版バイアスは、研究状況の歪みを生み、成功または肯定的な結果を過度に強調することにつながります

6.再現性および一般化の可能性を阻害する:生存者バイアスは、調査研究の再現性を妨げる可能性があります。成功事例や生存した症例のみを考慮してしまうと、結果を同等規模で再現したり、異なる集団や状況で結果を一般化したりすることが難しくなり、研究の頑健性(ロバスト性)と外部妥当性を制限することにつながります。

7.政策と意思決定を誤った方向に導く:生存者バイアスによる研究への影響は、政策や意思決定プロセスにも及ぶ可能性があります。研究結果が生存者バイアスによって偏っていれば、その知見に基づく政策決定は、結果や経験をすべて考慮することができないため、効果がないと判断されかねません。

生存者バイアスを軽減するための10のヒント

ここまでの生存者バイアスの影響を踏まえて、次は生存者バイアスの影響を軽減するための知識と戦略を見てみましょう。以下に、生存者バイアスの影響を軽減するのに欠かせない10のヒントを紹介します。

1.母集団またはサンプルを包括的に定義する:収集したデータから母集団またはサンプルを明確に定義し、成功事例だけでなく、関連するすべての事例を含めるようにします。サブグループ、異常値、無回答者のデータには重要な情報が含まれている可能性があるため、除外したり見落としたりしないようにします。

2.無作為抽出(ランダムサンプリング)技法を使用する:単純ランダムサンプリング、層化抽出法、クラスター抽出法/集落抽出法などの無作為抽出法(ランダムサンプリング技法)は、母集団またはサンプルの各項目が均等に研究の調査対象として選ばれることを保証する方法です。これにより、選択的サンプリングや生存者バイアスのリスクを最小限に抑えることができます。

3.非生存者または無回答者に関するデータを収集する:データの特徴、欠落または無回答の理由、結果に及ぼす潜在的な影響などを含め、非生存者または無回答者に関するデータを収集します。そうすることによって調査中の現象をより完全に把握することができるので、生存者バイアスが生じる可能性を特定するのに役立ちます。

4.複数のタイムポイントでの測定を含める:経時的な動的現象を研究する(経時変化を追う実験を行うような)場合は、変化や変動を捉えるために複数のタイムポイントでの測定値を含めるようにします。エンドポイント(評価時点)に達しなかった人の経験を無視することによって生存バイアスにつながる可能性があるため、エンドポイントや結果だけを見ることは避けます。

5.複数のデータソースを使用する:単一のデータソースに依存すると、生存者バイアスのリスクが高まる可能性があります。異なるデータセット、調査、インタビューなど複数のデータソースを用いることで、より包括的で多様な視点を得ることができ、潜在的なバイアスを最小限に抑えることができます。

6.複数の成果を考慮する:単一の結果や指標にのみ焦点を当てることを避けます。肯定的な結果も否定的な結果も含めて複数の結果を検討し、あらゆる可能性を把握するようにします。そうすることで、成功事例だけを選別したり強調したりすることを避け、生存者バイアスの影響を軽減することができます。

7.感度解析の実施:感度解析を実施し、異なる仮定やシナリオに対する調査結果の頑健性(ロバスト性)を検証します。これにより、生存者バイアスが結果に与える潜在的な影響を特定し、調査する現象のより正確で信頼性の高い推定を行うことができるようになります。

8.仮定に疑問を投げかけてみる:生存者や成功症例が全人口にも当てはまるものであると仮定するような、調査プロセスにおいて作成した仮定に留意しておきます。生存者バイアスを避けるために、こうした仮定に疑問を投げかけ、その妥当性を批判的に評価します。

9.多様な視点から見る:同僚、専門家、異なる背景を持つ参加者など、多様な視点からのフィードバックや意見を求めてみることによって、単一の視点では見落す可能性のある、生存者バイアスなどの潜在的なバイアスを特定することができます。

10.限界について透明性をもって報告する:生存者バイアスが生じる可能性を含め、研究の限界について透明性を持ち、正直であるようにします。研究過程における限界、バイアス、課題を認め、結果の中で明確に報告しましょう。そうすることで、研究結果の信頼性と完全性を高めることができます。

結論

生存者バイアスとは、研究において頻繁に発生する現象にも関わらず、見過ごされやすく、研究結果の完全性に重大な脅威をもたらすものです。研究における生存者バイアスの影響を軽減するためには、研究者がその存在を認識し、積極的に対策を講じることが不可欠です。対策としては、非生存者や失敗とみなされるデータを考慮すること、サンプル選択の幅を広げること、限界については透明性をもって報告すること、再現研究を推進すること、多様な研究成果の公表を奨励することなどが挙げられます。この記事で概説したヒントを実践することは、生存者バイアスの影響を軽減し、世界をより正確に理解する助けとなります。生存者バイアスを最小限に抑えることで、研究者は研究結果の信頼性と適用性を高めることができるのです。

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