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査読システムを欺き、自分の原稿を自分で査読!?

本連載では、どんないい加減な論文でも掲載料さえ払えば載せてしまう「捕食ジャーナル」や、どんないい加減な発表でも参加料さえ払えば発表させてしまう「フェイク・カンファレンス」を取り上げてきました。今回は、ジャーナル(学術雑誌)の査読システムを欺いて、著者が自分の原稿を自分で査読してしまう「偽装査読(peer review rigging)」の例を紹介します。「フェイク査読(fake peer review)」などと呼ばれることもあります。
2012年、『酵素阻害および医薬品化学ジャーナル(the Journal of Enzyme Inhibition and Medicinal Chemistry)』の編集者は、ある著者が投稿した原稿に対する査読に疑問を持ちました。査読の内容自体は、原稿を好意的に評価したうえで一部の修正を求める、という平凡なものだったのですが、疑問だったのはそれにかかる時間でした。いつもとても早く、24時間以内ということもあったのです。同誌のクラウディウ・スプラン編集長は、その著者に面会しました。その結果、韓国人であるその著者は、査読レポートを自分自身で書いていたことを認めました。
2014年11月26日付の『ネイチャー・ニュース』によると、からくりはこんな感じです。同誌を含めていくつかのジャーナルでは、論文の原稿を投稿した著者は、査読者を指名(提案)することができます。そのことを著者に義務づけているジャーナルもあります。この韓国人著者はそれを利用して、実在の研究者の名前や、ときには仮の名前を挙げておきながら、メールは自分や自分の同僚に届くようにして自ら査読を行っていたのです。この著者の告白によって、論文28件が撤回され、1人の編集者が辞任しました。
他の事例もあります。
2013年、『振動制御ジャーナル(the Journal of Vibration and Control)』の編集部は、ある著者が、査読者だと主張する人物2人からメールを受け取ったことを知りました。査読者は通常、著者と直接接触することはありません。そして奇妙なことに、そのメールは研究者の多くが使用する所属研究機関のアカウントのものではなく、Gmailのアカウントだったといいます。


同誌のアリー・ネイファ編集長は、発行元のSAGE社に連絡しました。また編集者らは、この情報提供者によって提供されたGmailアドレスと、その名前が使われている研究者の所属する研究機関のアドレスの両方にメールを送りました。すると、研究者のひとりは、自分は前述の著者にメールしていないことだけでなく、その分野の研究をしてさえいない、と答えました。
この事態を受け、SAGE社は大規模な調査を実施しました。これらの人物やこれらのアカウントの背後にいる人々が書いたり査読したりしたと思われる論文すべてを同社は追跡できた、といいます。また彼らは、査読の文言、著者から指名された査読者の詳細、参照文献リスト、そして査読の所要時間−−わずか数分ということもあったそうです−−をチェックしました。その結果、最終的に130ものいかがわしいアカウントを発見しました。
同社はその過程で、著者たちが「異例の割合で」、お互いを査読したり引用したりしていることに気づきました。被引用数を上げるために、必要以上にお互いを引用する行為は「引用リング(citation ring)」と呼ばれています。最終的には60件の論文に、偽装査読か引用リング、またはその両方あるという証拠が見つかりました。
また、偽装査読や引用リングの中心に、ある人物がいることが浮かび上がりました。台湾の研究者で、問題になった論文の事実上すべての共著者になっていた人物です。同社は彼が所属する大学に連絡し、調査を進めたところ、その人物は2014年2月にそのポストを辞任しました。
同年5月、ネイファは責任を取って編集長を辞任し、SAGE社は問題になった論文60件すべての著者たちに連絡して、論文が撤回されることを知らせました。7月には、台湾の通信社が、問題の人物が偽装査読と引用リングについてすべての責任を負うという声明を発表したこと、さらには5件の論文に台湾の教育大臣を、大臣の承諾を得ないまま共著者に加えたのを認めたことを伝えました。大臣は関与を否定しましたが、問題の拡大を懸念して辞任しました。
撤回された論文の著者たちのうち2人は、同社に対して、再検討や再掲載を要請しましたが、同社は、たとえ彼らが偽装査読などを知らなかったとしても、その決定を変更することはないとしました(編集部に情報を提供した著者も、おそらく共著者による偽装査読を知らなかったのでしょう)。
『ネイチャー・ニュース』は「著者が査読システムを騙そうとしているかもしれない徴候」として、次のようなことを挙げています。

・その著者は編集部に対して何人かの研究者を査読者としないよう頼み、その後、その分野に
おけるほとんどすべての研究者のリストを出してくる。
・その著者は奇妙なことに、ネット上で見つけることが難しい査読者を指名してくる。
・その著者は指名した査読者の連絡先として、学術機関のメールアドレスではなく、Gmailや
Yahooなど無料のメールアドレスを示す。
・依頼してから数時間以内に査読が戻ってくる。それらは原稿を好意的に評価する。
・査読者が3人いる場合においても、全員が原稿を好意的に評価する。

こうした騒動を受けて、学術出版における倫理的行動を促進する「出版倫理委員会(COPE : the Committee on Publication Ethics)」は、偽装査読を非難する声明を発表しました。
そして2017年4月、COPEの一員でもある大手出版シュプリンガー社は、『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を撤回しました。この数字は、2010年から2016年の間に同誌で公表された論文すべての2%に相当するといいます。手法は、前述のケースと同じですが、なかには非意図的なものもあること、偽装査読をコントロールしている業者があるらしいこともわかりました。
生物医学のニュースサイト『STAT』によると、ある著者は中国の報道機関に、自分の論文は初め却下されたのに、ある業者にカネを払って投稿を手伝わせるとその論文は採択された、と語ったといいます。シュプリンガー社は、査読プロセスの見直しなど対策を講じているとしています。
しかし『STAT』は、たとえ出版社がいかがわしい著者や関係業者を根絶やしにすることができたとしても、こうした詐欺的行為を考えついた「賢い者たち」は、たぶん別の方法に乗り換えるだろう、と指摘します。
出版社や国際会議の運営会社だけでなく、論文の著者や論文投稿支援を行う業者のなかにも、「フェイク」な行為を行うものがあるということです。

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