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論文執筆者に識別IDは必須?新しい識別システム「ORCID」

「名前がなんだっていうの?」。シェークスピアのジュリエットは「そんなの、なんでもないわ」と言いましたが、研究者にとって名前は重要です。私たちは自分の研究について承認されたいと思います。また、ほかの誰かに承認を譲りたくないし、自分たちのものではない研究成果を横取りしたくもありません。このことは、今日の出版状況においてはリアルな問題になっています。もしあなたが「ウィリアム・スティーブンソン(William Stevenson)」のようなありふれた名前だったら、同じかもしくは似たような名前で論文を出版している人がほかにもいて、混乱を招きうるでしょう。私は、私以外の「ウィリアム・スティーブンソン」さんたちがいない街に住んだことがありません。もし私が小説家になるのならば、ペンネームを使う必要があります。同じ名前のベストセラー作家がいるからです。
学術出版界において、とりわけアジア圏では同じ名前やよく似た名前の研究者が数多く、時に混乱の元となっています。『ネイチャー』 によれば、執筆者が「Y. Wang」である出版物は2011年で3926件報告されました。これは1日あたりで計算すると、なんと10件以上にのぼります。また、Chens、Lees、Zhangs、Lisといった名前も同様でした。どの論文が誰の論文なのか、そしてそれをどう認識できるかが問題となっているのです。
このような混乱を解決する1つの方法として、2012年10月に発足したORCID(Open Researcher and Contributor ID)〔オーキッド:研究者・著者のオープンID〕の活用が注目されています。ORCIDの目的は、出版物に付与する16桁の固有識別コードをすべての研究者や研究機関に割り当てることにより、この研究を行ったのはいったいどの「Stevenson」や「Lee」なのかを迷わずにすませることです。研究者が個人で利用する場合、料金は発生しません。登録はきわめて簡単で、ORCIDのウェブサイト(https://orcid.org/) にログインし、自分の名前とメールアドレスを入力するだけ。研究者は出版物や所属などの情報をリストアップすることもできます。この識別コードはいちど登録すれば永久に利用でき、自分がかかわった研究のデータセットにリンクさせることさえできます。こうした機能によってすべての研究成果を追跡することができ、ORCIDのプロファイルを電子版の履歴書として使うことも可能です。
研究機関と出版社がORCIDに会員登録するには手数料が必要で、大規模な研究機関では2万5000ドルとかなり高額になります。エルゼビアやシュプリンガー、ネイチャー、ワイリーなど権威ある出版社や、コーネル大学やカリフォルニア工科大学など有名大学がすでに会員登録しています。研究助成団体のなかには助成金申請時にORCIDの記入を求めるところもあり、学会などの団体も会員資格の更新にこのシステムを導入しています。その結果、登録者数は2014年8月15日時点で83万8549件と着実に増加しています。アメリカ化学会などの有名団体もこのシステムに着目しており、第2の FacebookやMySpaceになるかどうかが注目しています。
私はORCIDのようなサービスに賛成で、研究者すべてに登録をおすすめします。10年以内に、どこにでも対応できる識別コードが電子メールアドレスと同じくらい一般的になるでしょう。
この話題について、エナゴ・ユレイタスに所属する各分野の専門家の意見を見てみることにしましょう。
専門家たちの意見

このシステムによって、データ捏造や盗用といった学術的な不正行為が起こった場合、当該者と別の者を混同してしまう可能性を排除できる。

このようなシステムは長年待望されてきたものでした。今日のコンピュータ化したインフラや、学術研究にかかわる膨大な数の貢献者たちを勘案すると、可能な限り効率的に当該著者の研究を探し出すプロセスを構築することは理にかなっています。あまりに多くの利用可能な情報が存在するので、その選り分け作業をスピードアップすることは最重要課題であり、必要な情報をすばやく見つけ、情報検索ではなく情報の活用自体に時間をかけられるようにすべきです。研究者のORCID登録者数は、ISNI(International Standard Name Identifier、国際標準名称識別子)登録者数のわずか10%超です。人間が番号やコードで識別されることに対して反対を表明することは可能ですが、カンファレンスで講演者を番号で呼ぶなどという事態が起こるということはまったくあり得ないので、このような議論に正当性があるとはいえません。
このような曖昧さのない登録システムの最も重要な側面の1つは、希少な資金や任期なしポストの獲得をめぐって激化する競争的な研究環境において、データ偽造や盗用などの不正行為をした著者と別の研究者を間違って混同する可能性を排除できる点です。いい加減な査読者を特定するためにORCIDを活用するという方法もありますが、査読者の名前は一般的に出版社のみが知っているので、彼らが各分野における適切な専門家かどうかを確かめるために、査読者の名前を検索するのは出版社の責任でしょう。問題は、そうしたいい加減な査読者はORCIDには登録しないことでしょう。したがってORCIDの最大の強みは、学術的に非倫理的な行為を行った者を別の研究者と誤って混同することを防ぐことです。

博士(環境科学)
アメリカでの研究・技術ライティング歴25年以上


広く普及するまでは限定的

ORCIDは世界中の研究者にとって有用なツールとなるでしょう。とくに、たとえばSmithやWu、Yan、Cohen、Wei など、ありふれた姓やイニシャルをもつ研究者を特定するためにはたいへん便利です。また、東洋・西洋といった文化圏によっては姓と名の区別が付きにくいことがありますが、これによって文化間で異なる慣習をもっている場合でも、簡単に姓と名を区別することができます。
上記のような利点が挙げられるものの、ORCIDの開始には問題が潜んでおり、これが広く普及するまでは限定的な使い方しかできない可能性が高いでしょう。その解決のためには、たとえばユーザーが個人あるいは各研究を正しく特定できるよう、世界中のすべてのジャーナルがこの技術を採用することが重要です。米国ではすでに研究者たちはNIH(国立衛生研究所)の助成金を申請するさいに必要な「eRA Commons」というIDを取得しています。ORCIDがこのようなIDと今後どのように連携するかに注目したいと思います。

博士(分子細胞生物学)
アメリカでの科学研究・編集歴10年以上


系統立った研究実績の構築を試みる重要なステップ。研究者本人は長期に渡って利用可能な独自のプロファイルを作成できる。

私はロンドン大学ユニバーシティカレッジの計量化学者ですが、自分が実際に出版した論文は8報なのに、WoK〔訳注:トムソン・ロイター社の学術データベース「Web of Science」のツール「Web of Knowledge」〕の記録では20報になっていることを知ったとき、驚きを隠せなかったことを今でも覚えています。
この事実に対して、正直なところ多少のうぬぼれを感じたことも確かですが、自分と同名の研究者が存在しているのは科学者人生に何の役にも立たないことに気がつき、失望感だけが残りました。
WoKでは執筆者の名前で単純検索してしまうので、姓のスペルをいくら正確に打ち込んでも、地球物理学から生物学に至る研究目録がずらりと出てきてしまうのです。
自分の指導教官が独身時代に行った材料モデリングの研究を検索しようとしたときには、別の問題を経験しました。指導教官から結婚前の姓を教わっていたのにもかかわらず、その論文を見つけるまで相当な時間を要したのです。
ORCIDでは個々の研究成果と研究者本人を結びつけるIDが提供されることから、このシステムは系統立った研究実績のプラットフォームを構築する重要なステップとなります。また、オープンソースという特性は、科学コミュニティとメディア、双方の人々にとって簡単なアクセスを保証するとともに、科学研究を人々にとって身近なものにすることを手助けするという科学文化の重要な役割を果たすことにもなります。
ORCIDはネイチャー・パブリッシング・グループやウェルカム・トラストなど世界をリードする機関や慈善団体が支援・採用しており、著作権の維持を保証する枠組みの中で、研究者自身が長年使用できる独自のプロファイルを構築する場を提供しています。さらに、研究者や学術機関にオープンアクセスの情報源という状況をもたらしてもいるのです。

博士(化学)
イギリスでの科学研究・編集・科学コミュニケーション歴7年以上


喉から手が出るほどほしかったプラットフォーム。ただ、すべての研究実績や研究者をリンクできないと、単に煩雑な管理手続きを生み出すリスクとなり得る。

ORCIDのユニークな研究者IDは、個々の研究者とその研究成果をリンクさせるために喉から手が出るほどほしかったプラットフォームで、よく似た名前の研究者とのあいまいさを回避できます。出版社や研究センター、学生、研究者は、個々のIDに自分の研究実績をリンクできます。
このシステムの課題は、学者にとって有益なものとするために、このIDの活用を促進する必要性があることです。ORCIDにすべての研究成果や研究者をリンクできなければ、このプラットフォームは単に煩雑な管理手続きを生み出すものに変わるというリスクがあります。現在、いくつかの主要な学術出版社はすでに、出版原稿の受理にあたってORCIDのIDの提供を求めています。しかしこのことは、世界中で増加している学術出版社にはまだあてはまりません。また、さまざまな大学が所属研究者らの研究実績を測定するインデックスツールを独自に開発している上、評価指数が資金提供機関の間でそれぞれ異なっています。このことも ORCIDが研究成果の追跡、評価、報告を目的とした汎用ツールになることの妨げになっています。
ORCIDは、個々の研究成果を保証する汎用ツールを開発する初の試みであり、大手の出版社が採用することで将来的にその目的が達成されることは間違いないでしょう。しかし、研究者や学術機関が実際にこのイニシアチブの恩恵を享受できるようにするためにはさらなる努力が必要です。

博士(生物学)
イギリスでの科学研究・編集歴12年以上


著者名にナンバリングシステムを導入することは非常に効果的。中国と韓国における姓の種類はそれぞれ約4100種、250種で、世界的に見て最もバリエーションが少ない。

論文を引用する際に多くの研究者がしばしば遭遇する混乱の1つは、とくに東アジアにルーツをもつ著者の論文において、その姓と名がまったく同じ場合です。統計的にいえば、中国と韓国の姓の種類は世界で最も少なく、それぞれ約4100種、250種です。韓国の場合、Kimという姓は人口の21.6%であり、Leeが14.8%、Parkが8.5%と続きます。中国の姓では、Wangが7.25%、Leeが7.19%で、それにZhangやChangが続きます。逆に、姓のバリエーションが最も多い国は米国(150万)であり、次いでイタリア(35万)、日本(30万)となります。
とりわけ中国や韓国出身の研究者が書いた学術論文を参照する場合、著者名にORCIDなどのナンバリングシステムを導入することは効果的であり、上記のような混乱を招くことなく効率的に引用を行うことができます。両国以外の研究者でも、異なる研究者が同じ名前をもつ場合があります。たとえば日本では、漢字は異なるが読み方が同じ名前があります。結論として、ORCIDやISNIは論理的・科学的に優れたシステムであり、業界の標準として、いっそう普及させる必要があります。

修士(理学)
日本での英日翻訳歴11年以上


 識別システムに研究実績や研究活動をリンクさせることで透明性が高まる。

研究者とその研究成果とをリンクさせることは、多様な研究フォーマット、国際的な情報システム、そして複雑な名前に直面した際には大きな課題となります。ORCIDは、すべての研究者に16桁の固定されたコード、固有のIDを提供するシステムです。その個人識別コードは、異なる分野や機関、国をまたがる研究者による研究を区別するために使用されています。各研究者は独自の識別コードをもち、論文、実験、特許などに対する彼らの貢献の度合や内容を簡単に検索することができます。識別データの入力や検索プロセスの簡略化は別の問題として、ORCID識別システムは、研究活動や研究成果をリンクすることによって透明性を高めるでしょう。
ORCIDとISNI(国際標準名称識別子)は共同で、標準化されたIDを提供するという課題に取り組んでいます。ISNIは、コードの割当における重複を避けるため、ORCIDのIDを取り入れてきました。ORCIDとISNIでは保有データ、適用ルール、サービス内容、ターゲットとなるコミュニティが異なるものの、両組織とも貢献者とその成果の関連の透明性を高めるという同様の目標を掲げているのです。

修士(学際的分野)
アメリカでの研究・校正歴6年以上


 組織間で著者情報を共有する管理ツール。固有のIDレジストリで、正確さと利便性が高まる。

直接のやり取りが発生するカンファレンスの場では、名前と顔をじかに認識することで研究に対する貢献をその場で思い出すことができるので、名前のあいまいさなどほとんど問題になりません。その後の文献検索や引用の際も、著者名は国籍や所属機関、Eメールアドレスなどの識別情報に結びつけられているため、あいまいさや誤認を招く可能性は低い。とはいうものの、固有のIDレジストリは組織間で著者情報を共有する管理ツールとして、正確さと利便性をさらに高めるでしょう。また、著者情報の内容が充実していればそれにアクセスすることによって、利害の不一致の抜け落ちを防止でき、助成金や特許、論文投稿の透明性を確保することができます。しかしORCIDは完全な研究ポートフォリオのデータベースとして、単に研究成果を発信するに留まり、LinkedInなどのプロフェッショナル・メディアネットワークをわざわざ煩雑なものにしてしまう補助ツールになってしまう可能性があります。

博士(腫瘍学)
オーストラリアでの科学分野・医療分野に関する執筆歴12年以上

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