研究倫理

ICMJE Recommendations:2024年更新ではAI使用における透明性の確保を強調

世界の主要な医学雑誌の編集者や出版社の集まりである医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors, ICMJE)の「Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing and Publication of…

研究報告ガイドラインの発展と学術出版への影響、今後の展開

はじめに 根拠に基づく医療(Evidence-based medicine: EBM)運動は、1980年代初頭に登場し、そこからの10年間勢いを増していきました。この運動は、「EBMの父」とされるカナダの医師デイヴィッド・サケット(David Sackett)の発案に基づくもので、看護や助産などのさまざまな分野の臨床実践全般にわたって広がっています。 EBMは、臨床医が各分野の根拠(エビデンス)を検討し、取り入れることで、患者にとって最善の治療法を決定するためのメカニズムを提供することを目的としています。「個々の患者のケアに関わる意思を決定することにおいて、最新かつ最良のエビデンスを、良心的、明示的な態度で、思慮深く用いること」と定義されるEBMは、主に個人または臨床医のグループを対象としたものでした。しかし、この分野がより洗練されるにつれ、EBMは組織(団体)や政府の保健関連省庁が医療政策を決定し、経済的制約の中で最良の治療と考えられるものに資金を直接振り分けるためのツールとなってきました。 研究報告ガイドラインの発展 研究の透明性を向上させるための構造化されたチェックリストを提供する研究報告ガイドラインは、研究報告における矛盾(不整合)への対応として登場しました。ランダム化比較試験 (またはランダム化対照試験、Randomized Controlled Trial: RCT)に大きく依存する高度な分析方法やデータ提示方法が開発され、エビデンスに基づくレビューがRCT自体よりも信頼できる根拠になると、こうしたレビューがヘルスケア分野のジャーナルの主な特徴となりました。この状況は今も変わっていません。こうしたレビューのひとつの側面とされているのが、レビューにおける研究の品質評価です。品質にはかなりのバラツキがあり、出版されたRCT報告の中に、無作為化の手法あるいは適切に記述された対照群に関する重要な情報が欠落していたものもあったことから、1990年代の初めに、現場でのよりよい施策、特によい報告方法を推奨する動きが登場することとなりました。 よりよい報告基準の策定に向けた動きを推進したのは、主にカナダを拠点とするアイルランド人疫学者、デイヴィッド・モハー(David Moher)でした。RCT報告に関心を持っていたモハーらは、1996年にCONSORT声明を発表し、RCT報告を学術ジャーナルに提出する著者が順守すべきチェックリスト(CONSORTチェックリスト)を提供しました。これは、報告における完全性を確保し、RCT報告全般において直接的あるいは間接的にRCTを実施する際の基準を向上させることにつながっています。このような報告ガイドラインがあれば、科学者は報告段階でRCTの重要な側面をすべて説明できるようにしておかなければならないことを承知の上で、それを念頭に置いて研究をデザインすることになるでしょう。 CONSORT声明は、最初に発表されて以降、漢方薬、鍼灸、有害事象報告などの分野においてRCTを広めながら、繰り返し改訂されてきました。CONSORT声明およびチェックリストは…

【8/25まで】研究インテグリティと論文撤回:倫理的不正行為にまつわる影響と対応を理解するアンケート実施 – エナゴ学術英語アカデミー

【9/2までアンケート実施中】研究インテグリティと論文撤回:倫理的不正行為にまつわる影響と対応を理解する

2024年も半ばを迎えようとしている現在、学術研究と出版における大きな話題の一つが「研究インテグリティ(研究公正)」です。 論文の撤回件数・撤回率が増加し続けている*ことなどからも、研究インテグリティの確保は喫緊の課題と言えるでしょう。データや画像の改ざん・捏造、盗用・剽窃、研究方法の不備、AIツールの使用を開示しないこと、といった様々な理由による論文撤回は、論文として出版された研究全体への疑念を生み出します。 また、研究不正のニュースは、学術界の内輪だけの問題にとどまらず、科学や研究に対する社会の視線にも影響を及ぼします。 そこでエナゴでは、エナゴ学術英語アカデミーの研究リスク評価イニシアチブの一環として、第8回グローバルアンケート調査を実施いたします。「研究インテグリティと論文撤回:倫理的不正行為にまつわる影響と対応を理解するためのグローバルアンケート調査」と題するこの調査は、研究インテグリティに関する調査としては前回の第7回に続く第2弾となります。 本アンケート調査の主なねらい 今回は、論文撤回と倫理的不正行為に焦点を合わせて研究者の意見を募り、その影響について探ります。アンケート調査の主な目的は以下のとおりです。 1. 適正か不正かがあいまいなグレーゾーンを明らかにして倫理的な研究の未来像を描くため、倫理指針に対する研究者の皆様の認識と意見を評価する 2. 研究不正を調査するための現在の報告の仕組みを評価する 3. 論文撤回と研究不正の広範な影響を明らかにする 4. 研究インテグリティを確保する上での学術出版関係者の役割を明らかにする  …

研究の選択バイアスを軽減する10のヒント

学術研究では、真実を明らかにするための注意深い目と客観性を確保するための揺るぎない意思が不可欠ですが、本人も気づかないバイアスは、どのように注意すればよいのでしょうか。 成功事例だけが注目されて語られ、失敗事例は記録されずに顧みられることもない―これはsurvivorship bias(生存者バイアス、または生存バイアス)と呼ばれる選択バイアスの一種で、学術研究でも生じうるものです。生存者バイアスは、洞察力をにぶらせ、理解をゆがめてしまう恐れがあります。特定の行動において成功することが当然で、その結果が保証されているかのような思い込みを植え付け、失敗事例の有用なデータを隠してしまうのです。こうなってしまうと、誤った結論、誤った決断に至りかねません。本記事では、学術研究における生存者バイアスについて探求し、その広範囲に及ぶ意味を探り、研究に与える7つの影響と、バイアスの落とし穴をうまく切り抜けるための10のヒントを紹介します。 生存者バイアスとは 生存者バイアスとは、あるプロセスや出来事の「生存者」のみを基準に判断し、生存(成功)しなかった人や事象を無視したときに発生する選択バイアスの一種です。このバイアスの名前は、「生き残った」つまり、選択を通過できたデータだけに焦点を当て、「生き残れなかった」データを無視したときに発生するエラーに由来しています。成功事例のみに注目し、失敗事例(生存していないデータ)を顧みないことによって、不完全で歪んだ結果の考察を導き出してしまうのです。このバイアスは、ビジネス、金融、歴史、そしてもちろん学術研究など、さまざまな領域で散見されます。研究者がこの生存者バイアスの影響を軽減するためには、多様な視点やデータを積極的に分析に取り入れる必要があります。 研究における生存者バイアスの影響 生存者バイアスは、事実の認識を歪め、誤った結論を導く可能性があります。失敗例や不成功例を見落とすことで、リスクを過小評価したり、成功の可能性を過大評価したり、さらには誤った仮定や方策を採用したりすることにつながりかねません。生存者バイアスを軽減・回避するためには、生存者と非生存者の両方に目を向け、極端な事例だけでなく、結果の分布全体を分析することが極めて重要なのです。 研究における生存者バイアスの例 ヘルスケアおよび医学研究における生存者バイアスの例を見てみましょう。治療や介入に成功した患者のみに焦点を当ててしまう生存者バイアスは、その医学研究に影響を与える可能性があります。生存者バイアスは、疾病診断、その中でも特に診断後の生存率を調査する際に見られます。例えば、重篤な診断をされてからの患者の生存率を見た時、診断後まもなく患者が死亡した場合、その患者は調査対象者数に含まれないので、見かけ上、生存率は高くなります。一般的に若く、体力もあり、良好な既往歴などといった因子を持つ患者(被験者)は予後が良好で、こうした因子を持たない患者と比較すると高い生存率を示す傾向にあります。しかし、病気の診断後から一定期間のみを切り取った生存率の計算では、死亡した患者が除外されるケースが多く、結果として実際の確率より健康な人の割合が過剰になってしまうのです。 COVID-19のような世界的なパンデミック事象の場合、ウイルスの影響を正確に評価することは困難です。疫学者や医療専門家は、生存率の計算だけに頼っていては包括的な把握ができないことに注意を促しています。例えば、COVID-19の検査を受けずに死亡した人は、ウイルスに関連した公式の死亡者数に含まれません。このことがCOVID-19感染者の生存率を分析する上で偏りをもたらす可能性は捨てきれません。特に、検査能力やインフラが圧倒的に不足している国では、データが不完全になり、生存率の計算に歪みが生じる恐れがあります。 「生存者バイアス」の例として最も有名なのは、第二次世界大戦中の軍用飛行機の話 でしょう。第二次世界大戦中、コロンビア大学の統計学者アブラハム・ウォルドと彼の研究チームは、軍用飛行機の研究で生存者バイアスの興味深い例に遭遇しました。彼らの任務は、敵機に打ち落とされないように飛行機の装甲を補強することでした。その任務達成のために帰還した飛行機の損傷箇所を分析し、そのデータから機体の補強箇所を提案することがミッションでした。最も損傷を受けた箇所を補強することは、一見合理的なように見えますが、ここに生存者バイアスが潜んでいます。 ウォルドは、撃墜され、帰還できなかった飛行機を無視して、無事に帰還した飛行機の損傷部位だけを考慮したのでは生存者バイアスがかかってしまうことに気づきました。この発見は、彼らのアプローチを変えることにつながり、ウォルドは、帰還した飛行機の損傷が激しい部分は、むしろ、その箇所に被弾しても帰還が可能だったのに対し、急所となる部位を損傷した飛行機は撃墜されてしまったと気づきました。ウォルドはこのバイアスを考慮し、データで過小評価されていた部分、具体的にはモーターとコックピットの周辺を補強することを提案しました。これらの急所に被弾した飛行機は撃ち落とされて帰還できなかったので、その機体の損傷箇所のデータは含まれていなかったわけです。よって、生存者バイアスを考慮した上で必要な部位を強化することにより、本当に必要な補強を施した機体ができました。 生存者バイアスは学術研究においてもいくつかの重大な影響を及ぼし、調査結果の妥当性と信頼性を損なう可能性があります。以下は、生存者バイアスが研究に与える主な影響です。 1.結論をゆがめる:生存者バイアスは、相関関係と因果関係についての基本的な誤解から生じるものなので、生存者バイアスがかかると結論がゆがめられ、事実が誤って伝えられることになりかねません。生存者や成功事例のみに注目することで、研究者は不正確な結論を導き出したり、研究対象の集団や現象全体について不当な主張をする恐れがあります。 2.理解不足をまねく:生存者バイアスにより、研究対象に対する理解が不完全になる可能性があります。非生存者や想定範囲外の結果を除外することで、結果に変化をもたらす根本的なメカニズムや要因に関する洞察につながる重要なデータを見逃すことにつながりかねません。…

自己盗用・自己剽窃は許容されるのか

ほとんどの研究者は、盗用・剽窃は決して許されない不正行為であること、盗用・剽窃の内容によっては、研究者としてのキャリアに深刻な影響を及ぼすものであることを認識しているでしょう。誰かが行なった研究プロジェクトや論文を自分のものとして発表することは完全に「盗作」であり、誤って他人の研究成果や論文をコピーしたり、適切な引用や注釈なしに使用したりしてしまう「剽窃」よりも深刻だと考えられています。 自己盗用・自己剽窃とは 盗用・剽窃が問題であることは自分の論文に対しても同じです。自分が過去に書いた文章を再利用することの何が問題なのかと思うかもしれませんが、自分が書いたものであっても、適切な引用や注釈なしに使用することは自己剽窃にあたります。また、自分の過去の研究アイデアや自分が発表した文書(論文や書籍など)、作成した図表などと全く同じ、あるいは微少に変えたものを出典の引用を付けることなく改めて発表する(再利用する)行為は自己盗用となり、いずれも不正行為となります。 他の研究者の論文の文章を断りなく使用するのは研究倫理に反すると認識していても、自分自身のアイデアや執筆した文章を使用することも自己盗用・自己剽窃となることは見落としているかもしれません。自己剽窃の倫理性、つまり自己文書の再使用が許容される内容や度合いに関しては研究者や出版社でも議論が分かれるところです。自分の過去の研究アイデアやコンセプトを再利用することが盗用にあたると考える研究者もいれば、論文中の文章や画像の再利用だけが盗用にあたると考える研究者もいます。しかし、多くの学術雑誌(ジャーナル)は、著者の過去に発表済の研究をどれだけ論文に再利用できるかについて、明確なガイドラインを設けているので、投稿先ジャーナルのガイドラインを確認するようにしてください。 研究者が自己剽窃する理由 意図していなかったとしても、過去の業績を新しい業績のように見せてしまうことは自己剽窃であり、研究倫理的に受け入れられないということをほとんどの研究者は承知しています。しかし、それでも一部の研究者が自己剽窃をする理由のひとつには、研究者が“Publish-or-Perish(出版か死か)”というプレッシャーに直面していることが挙げられます。研究者は、キャリアアップや研究費獲得のために、学術論文をひとつでも多く出版しなければならないという大きなプレッシャーにさらされています。自分の過去の研究を再利用すれば、実際に新しい研究を行わなくても出版実績を増やすことができるのですから、「手抜き」をしたいと思う研究者がいてもおかしくありません。 研究者の中には、自己剽窃を意に介さない人もいます。自分が著者である以上、自分の論文をどうしようが自由だと考えているのかもしれません。もちろん、適切に引用されていれば自分の著作物を参照することは認められています。しかし、過去に出版した研究アイデアや成果を新しいものとして示すことは、読者に誤解を与えることになるので注意が必要です。 自己盗用・自己剽窃は許されるのか 学術界では、自己盗用・自己剽窃は敬遠されています。自己盗用や自己剽窃を行なって出版実績を増やせば他の研究者より優位に立てるかもしれませんし、自分の研究グループや研究機関の実績としても、より大きな効果が期待できるかもしれません。 しかし、根本的にほとんどの場合は不正とみなされます。そればかりか、自分の分野の他の研究者を誤解させかねない行為でもあります。さらに、出版する研究論文とは利用可能な最新の知識であるべきとの考えに基づけば、再掲された論文が以前発表した研究の再利用だった場合、要件を満たしていないことになります。論文は、新規性のあるものでなければいけないという点から見て問題がある上に、過去に発表したものであることをきちんと引用せずに、あたかも新しい論文であるように発表することは許されないのです。 自己盗用・自己剽窃は全く許されないのか ここまでに示したように自己盗用・自己剽窃は通常許されないことですが、認められる場合もあります。そのひとつが、よく似た論文を2つの異なる言語で発表する場合です。複数の言語で発表することによって、より多くの人がその研究論文にアクセスし、利用できるようになるため、問題ないと認められることもあります。しかし、異なる言語で発表したとしても内容としては1つであることを明確にしておく必要があり、出版記録上では、2つの別々の論文としてカウントされるべきではないでしょう。 また、研究者は本の一部(章など)の執筆を依頼されることもあります。ジャーナルなどに掲載した原著論文や資料を再利用することも多いはずです。このような場合、著者は元の掲載を引用すれば、自分が過去に発表した論文や研究成果を再利用することができます。 論文の再利用は 「フェアユース」、つまり一定の条件を満たしていれば著作権者から許可を得なくても著作物を使っても良い、と考える研究者がいるかもしれません。例えば、ある論文にコメントしたり批評したりする目的であれば、出版された論文の一部を著作権者の許可なく利用してもよいと考えるのです。とはいえ、これはごく短いテキストやコンテンツにのみ適用されるのが一般的であり、引用するにあたって出典情報を適切に記載する必要があります。そして、他の研究者の論文であれ、自分の論文であれ、引用したい論文またはコンテンツの著作権を誰が実際に持っているかには注意が必要です。多くの場合、出版された論文の著作権はジャーナルにあり、著者は著作権を持っていないのです。…

論文の二重投稿<翻訳版を再掲載しない方がよい4つの理由>

発表済みの論文を別の言語に翻訳して出版することが、論文を執筆する研究者の間で一般的になってきています。これは研究不正にはならないのでしょうか?この記事では、日本語で二次投稿、二重出版もしくは再掲載などと訳されるsecondary publicationの倫理と、発表済みの論文を翻訳したものを再掲載しないほうがよい4つの理由について説明した上で、著者がこうした不正行為を回避しつつ、論文を複数言語で発表する方法について見ていきます。 研究者が発表済みの論文を翻訳する理由 まず、研究者が発表済みの論文を別の言語に翻訳して再掲載する理由を見ておきます。 発表済みの論文が読者層にとって読みにくい言語で書かれている場合、発表者の母国語、または、より多くの人が利用している言語に翻訳した方が、その論文に関心のある読者に読んでもらいやすくなります。 論文の掲載先が研究者が期待するほど有名でない学術雑誌(ジャーナル)だった場合、論文を翻訳して、より有名なジャーナルに再掲載することによって論文の認知度を高め、結果として論文の影響力を高めることができます。 論文の発表から何年も経過して、情報が古くなっている場合、当初の論文発表以降に、解釈や関連性を変更する新しい展開または発見が出てきていることも考えられます。 このような場合、新しい情報を翻訳して再掲載することで、読者が最新の研究情報にアクセスできるようになります。 既に発表された論文を翻訳して再掲載することは不正行為か 既に発表された論文を他の言語に翻訳して再掲載することが不正行為と見なされるかどうかは、どちらの判断もあり得ます。既に発表した論文の翻訳版であると投稿先に伝えて事前に再掲載の承諾を得ていれば二重投稿、研究不正とは見なされませんが、既に発表した論文の翻訳版であることを伝えず、しかも独自研究ではないことを明らかにしていない場合には研究不正と見なされてしまいます。通常、多くのジャーナルは既に発表された論文を他の言語であっても再掲載することを好ましいと思ってはいませんが、既に発表されている論文であっても、それが他の言語であれば再投稿を検討する余地を残しているジャーナルもあります。とはいえ、こうしたジャーナルであっても、論文が以前に発表されているものであることを明確に記載する必要があるので注意が必要です。 研究者は発表済の論文を翻訳して他のジャーナルに投稿すべきか この質問への回答は、「ジャーナルの方針による」となります。一部のジャーナルは、論文を別の言語に翻訳して発表することに寛容ですが、そうでないジャーナルもあります。翻訳した論文の投稿を認めていない投稿先に翻訳論文を再掲載してしまうと、それは研究不正と見なされます。 ジャーナルが、掲載するすべての論文が独自性のある研究であることを保証すること、あるいは翻訳の質に懸念を持っているような場合には、翻訳された論文の投稿を許可しない可能性があります。 研究者が翻訳版を再掲載することを許可するかどうかの最終的な判断は、個々のジャーナル次第です。特定のジャーナルの方針(ポリシー)について不明な点があれば、その編集者または出版社に直接問い合わせてみることをおすすめします。 論文の翻訳版を再掲載しない方がよい4つの理由…

研究インテグリティの維持における査読の重要性

研究者A:「有名な〇〇学術ジャーナルに論文を投稿したのを覚えてる?あれ、投稿して1年経つんですけど。」 研究者B:「え、ジャーナルから連絡ないの?編集者か編集アシスタントから何の連絡もなし?」 研究者A:「まだ何も。サイト上ではまだ査読者が割り当てられていないと表示されてるだけ。査読者を見つけるの、どんだけ難しいんだろうね?査読者の割り当てに1年もかかるなんて!」 学術論文を書かないなら研究者として失格とも言われる「出版か死か(Publish or Perish)」のプレッシャーにさらされている今日の科学研究の状況下で、研究発表システムに対する失望や落胆、怒りを感じることは最近になって始まったことではありません。実際にはあまり知られてはいませんが、出版システムに対する研究者の不満の矢面に立たされて、最も批判されているのは査読者です。確かに、研究者が自分達の研究プロジェクトに最大限責任を負うわけですが、学術研究は査読者の見識によって大きく改善されることも事実です。 査読は知識創出システムの中の中核として組み込まれており、質の高い学術研究を確立するためのひとつの手段として見なされています。査読の決定的な重要性にもかかわらず、このことはほとんど理解されていない上、研究バイアスと非難されることすらあります。 この記事では、査読プロセスを理解する上でのギャップに焦点を当て、査読の機能と質を強調することで、査読の社会的影響における深い意味を見直してみます。 研究インテグリティ(研究公正)を維持する査読の存在 査読とは、出版された学術的記録(学術論文)の公正さを維持することを約束するものであり、学術研究の質を保証、評価するためには馴染みのある手段です。研究開発において、重要な役割を果たしており、研究出版システムの意味を明確にする上でも中心的な役割を担っていると認識されています。さらに、査読付学術雑誌(ジャーナル)に論文を出版することは、研究者のキャリアにとって不可欠であり、研究者らの学術的な評判を高め、研究の正当性を与えるものでもあります。 そうした特性にもかかわらず、査読プロセスは日常的に批判にさらされ、さまざまな媒体やSNSでは、査読の発展が不十分であるとか、規模や範囲によって矛盾や重複が見られたり、決定的な結論が出ない結果を生み出すことが多々あると糾弾されています。その上、査読は、学術文献に関連するものと同じようなバイアス(偏見)の問題も抱えています。査読プロセスにおいて本当に危険なことは、査読の価値体系と実務に対する理解の不足にあるのです。 不十分な情報に基づく一般化と、さまざまな見解の間の緊張により、査読プロセスは改革の余地がほとんどない絶対的基準と見なされていますが、一方で、査読は非常に多様で多面的なプロセスでもあります。 査読プロセスにおける査読者の役割 査読者は、その分野の専門家ですが、著者とは直接的な関係がありません。こうした専門家が投稿論文を読んで評価し、フィードバックを作成し、それを編集者が著者に提供します。 査読者は以下のような作業を行います。…

科学研究における研究不正の種類トップ10

研究不正と見なされる行動は、研究プロトコルのあらゆる時点で起こり得るものです。おそらく、科学研究の初期の段階から、成果を出版するに至るさまざまな場面で、異なるタイプの研究不正に遭遇したことがあるのではないでしょうか。 よくある研究不正のタイプ 以下は、世界医学雑誌編集者協会(World Association of Medical Editors: WAME)と米国研究校正局(US Office of Research Integrity)の査読者や学術雑誌(ジャーナル)編集者らが警戒しているよくある研究不正トップ10です。 1. 研究アイデアに関する不正 他者の論文や原稿のレビュー、あるいは助成金申請手続を通して知った他者のアイデアを、自分自身のアイデアとして研究を進め、他者の知的財産権を侵害すること。…

研究の再現性に影響する5つの要素

科学研究がうまくいかない時、何が原因なのか?この疑問に直面する研究者は多いことでしょう。研究室主催者(Principal Investigator: PI)と研究デザインについて話をした際、実験が再現できること、そして同じ結果が示せることがいかに重要かの説明を聞いた方も多いはずです。研究者は、実験計画を管理し、実験自体を成功させ、結果を示します。実験を繰り返して結果を分析した時に、最初の実験結果と同じ結果が再現できないとしたら・・・実験で何か間違えたのか、あるいは研究自体に何らかの問題があったのかと考えるかもしれません。ここでは、研究の再現性(Reproducibility)とは何で、研究に対してどのような影響を与えるものなのか、そして実験を繰り返し再現できるようにすることで、どのように研究の質を向上できるのかを取り上げていきます。 研究の再現性とは? 研究の再現性とは、研究の独自性を決定する大きな要素のひとつであり、ある研究と同じデータと手法を使って実験を行えば、元の研究と一致した結果が得られることを意味します。研究者は、ある結果を生み出した実験を繰り返し、同じ結果を得ることで、新しい発見の妥当性を確認します。さらに、該当分野の他の研究者も、元の結果に似た結果を生む同じ実験を繰り返すことができるのです。 有効な実験と結果を生み出すことは、科学界においてより確実で信頼できる科学的発見を構築し、該当分野の将来の調査研究のためにしっかりした文献に発展させるのに役立ちます。しかし、重要な研究結果を示すものの、結果が再現できない研究も多々あります。このような研究は、研究者たちを失望させ、その研究のリサーチクエスチョン(研究課題)や仮説は妥当なのか、そのリサーチクエスチョンに対しては別の方法を試すべきではないか、という疑問を生じさせることになります。 科学研究の再現性は、挑戦的かつ議論の的とされる課題ですが、研究機関や資金提供者も解決を試みています。米国細胞生物学会(American Society for Cell Biology:ASCB)は、基礎研究の再現性を高める方法とベストプラクティスを特定し、再現性に関するさまざまな用語を以下のように説明しています。 直接的再現 – 以前観察された結果を再現するのに、元の実験設計・条件を用いる。 分析的再現…

医学研究報告の透明性確保ガイドライン6選

2020年6月、医学雑誌に掲載された新型コロナウイルス感染症に関する論文の撤回が注目されました。その主たる理由は、データの信憑性に疑問が持たれたこと。この論文は、査読を経て発表されましたが、公開後に研究者から公開質問状が提出されて撤回に至り、世界中が新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンを一刻も早く市場に出そうと研究を進める中で衝撃的なニュースとなりました。しかし、論文が撤回されても、一度公開されてしまった論文の内容がメディアなどを通じて拡散され、予期せぬ影響を及ぼす危険性は残ります。データの透明性確保は国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)のデータ共有ポリシーにも明記されていますし、人の命に影響することであるため、データを含む研究の透明性を確保し、関連情報の公開を徹底することが必要不可欠です。 EQUATOR Networkが主導する取り組み 医学研究の報告における説明やデータが不十分であると、研究自体への信頼性に疑問が持たれるだけでなく、再現性においても問題となります。そこで、EQUATOR Network(Enhancing the Quality and Transparency Of Health Research:健康研究の品質と透明性を強化するネットワーク)が主導して、診断、疫学研究、ランダム化比較試験、観察研究などにおける研究デザインや報告に関する多様なガイドラインの作成が推進されてきました。研究報告の透明性と正確性を高めることを目的としたそれらのガイドラインはネットワークを通して研究者に提供されています。 医学研究論文で広く使われているガイドライン 医学研究の報告に役立つガイドラインの中から、広く受け入れられている6つ(PRISMA, CONSORT,…

学術出版にゴースト(幽霊)出没?!

学術出版において、オーサーシップ(著者資格)を持っているのに著者として名前が論文に記載されない「 ゴースト オーサー(幽霊著者)」が増えていると言われています。論文として不適切であり、倫理違反が行われる可能性も高く、信頼性を傷つけかねないのにも関わらず、なぜゴーストオーサーが増えているのでしょうか。

研究の事前登録は是か非か

学術、特に学術出版の世界は、この数十年の間に多くの変化に見舞われました。デジタル化の波に押され、学術雑誌(ジャーナル)の購読料問題やオープンアクセスへの流れなどが大きく取り上げられていますが、研究論文の中身についても、第三者や自分自身の研究結果を再現しようとして失敗する「再現性の危機(Replication Crisis)」や、研究結果に不都合な傾向が見られた場合に報告されない「出版バイアス(Publication Bias)」などが、対処すべき深刻な問題として挙げられています。 今、これらへの対応策として研究者の間で広がりつつあるのが、研究の 事前登録 (Pre-registration)です。事前登録とはどのようなもので、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。 ■ 事前登録(Pre-registration)とは? 事前登録とは、実験、つまり実際にデータを収集し始める前に、第三者に研究の仮説とデータの収集・分析計画を提出しておくことです。論文の序論(Introduction)と手法(Method)に書かれるべき内容を事前に提出しておくことで、集めたデータから統計的に有意な結果だけを拾うのを防ぐアプローチです。 2004年にニューヨーク州当局が英国系大手製薬会社グラクソ・スミスクライン(GSK)を提訴した事件がきっかけとなり、研究者の間で臨床試験の事前登録を行うことが一般的になりました。この訴訟は、GSK社が行った研究の5つの結果のうち、4つに抗うつ剤パキシルを処方した小児や青少年に効果がないばかりか、自殺傾向を高めるリスクがあることが示されていたにもかかわらず、GSK社が隠蔽していたことに対するものでした。ニューヨーク州当局は、同社がパキシルの有効性と安全性を宣伝して販促を行ったことで不当に得た利益を、州に差し出すよう求めたのです。患者への悪影響を重くみた米国と英国は、この薬を小児や青年に投与しないように呼びかけ、同年、医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors)は臨床試験の事前登録を義務づけました。以降、事前登録は、心理学と政治学の分野で広く採用されるようになり、ライフサイエンスの分野でも徐々に浸透しつつあります。ちなみに、無料のオープンサービスを提供している非営利組織Center for…

被験者に関する倫理問題

研究の遂行には、動物あるいは、ヒトを対象とする実験が欠かせない場合もあります。生体実験を行う際に問題となるのが、「 研究倫理 」です。例えば、ある特定の病気を研究しているような場合、その治療法や治療薬が本当にヒトに有効なのか――動物実験で有効性が確認されたとしても、どこかで必ずヒト(人)での実験を行う必要が出てきます。実験に参加する人は、被験者あるいは研究対象者と呼ばれますが、実験である以上、すべての人によい結果がもたらされるとは限りません。そのため、実験に参加してもらう場合には、正確かつ十分な説明を行い、本人の意思による同意を得ておかなければならないと決められています。しかし、時に、研究者が被験者に関する倫理規定に従わず、問題となることがあります。今回は、被験者に関する倫理問題について学んでみましょう。 ■ HeLa(ヒーラ)細胞が提起した倫理問題 ヒトを対象とする研究は、研究倫理および被験者の自発的な合意に基づいて行われるべきとされています。医学研究における科学的な透明性と被験者の同意の重要性は、ヒト由来の細胞株である「HeLa(ヒーラ)細胞」によって注目されることとなりました。 HeLa細胞とは、1951年に子宮頸がんで亡くなったアフリカ系アメリカ人女性のヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)の腫瘍病変から分離され、細胞株として樹立された(細胞株として培養に成功した)ものです。この細胞の名称は、原患者の名前から2文字ずつ取って命名されました。培養細胞株であるため、無限に分裂を繰り返すことが可能であり、ヘンリエッタの死後も、不死化した彼女の細胞は、継代培養されて生き続けています。HeLa細胞は、世界で初めて樹立されたヒト細胞株として、ポリオワクチンの開発やヒトテロメラーゼの発見などにつながる研究に貢献したことも含め、現在に至るまでさまざまな細胞を用いる試験や研究に幅広く使われているのです。実際、2013年に発表された論文だけ見ても、74,000を超えるPubMedの要約に、HeLa細胞を使用した実験であることが示されています。 しかし、HeLa細胞が問題となったのは、患者であるヘンリエッタ・ラックスに断りなく培養されたものであるためです。1950年代当時は、切除された組織や細胞を研究に利用することにつき、患者や家族に対して説明し、同意を得る必要がなかったのです。ヘンリエッタの遺族は、30年以上もの間、基礎科学におけるHeLa細胞の重要性について説明を求めてきましたが、対応されてきませんでした。2013年になって、ようやくゲノムデータの開示を条件付きで許可することが了承され、研究者が被験者に対する倫理と科学研究の透明性についての考えを変える大きなきっかけとなったのです。 ■ 被験者への科学的成果の開示 米国政府は、政府が助成するヒト試料を扱う研究と臨床試験について「コモン・ルール(Common Rule)」と呼ばれる規則を適用しています。そして、米国科学工学医学アカデミー(NASEM: The National Academy of…

「再現性の危機」解決への新アプローチ

科学研究において「再現性」は、基本中の基本です。誰がその研究を試みても同様の結果を導くことができなければ、成果を信頼してもらうことは難しいでしょう。2014年に話題になったSTAP細胞。「STAP細胞はあります」との発言が記憶に新しいですが、他の研究者が論文に書かれた通りの方法で実験を行っても、STAP細胞の存在を確かめることはできず、最終的にnatureに投稿された論文も撤回された――。このように、再現性がない研究は認められないのです。 実は、別の研究者あるいは論文の著作者本人が、論文に書いてある通りの方法で実験をしても同じ結果が出ないことは、しばしば問題となり、この「再現性の危機」が、科学界の信頼性を脅かしています。 研究者自身が失敗を認めた  研究にとって重要な再現性を担保するためには、研究計画や方法の透明性、データの収集・分析・保存が不可欠です。当然、研究者は細心の注意を払って実験計画を作り、方法を熟考し、データを処理します。それでも再現できない場合があるとは、どういうことなのでしょう?  学術雑誌(ジャーナル)Natureのある調査が、驚きの結果を示しました。53の主要な癌(がん)研究のうち、再現可能であったものは6に過ぎなかったのです。要因の一つとして、情報共有の不足が考えられます。どの論文の著者も、自身の研究計画や方法、データ処理・分析の仕方であれば熟知していますが、それらの詳細情報が他の研究者や学会と共有されていない限り、他者が研究成果の価値を客観的に評価し、あるいはそれをうまく再現することは困難です。研究者が自ら好んで再現研究に関わることは稀なので、結果として再現できないという事態が生じてしまうのでしょう。 もし、自身の論文に対して誰かが疑問を呈したら、どうすべきでしょうか。自己弁護をする、というのが一般的な回答かもしれませんが、中には意外な反応を示す研究者もいます。 2010年、わざと自信があるような姿勢(パワーポーズ)をとることでなぜか自信がわくという心理現象の研究が行われました。不安な時でも自信のあるパワーポーズを2分間とるだけで、勇気を捻出するホルモン「テストステロン」が増加する、という彼女たちの研究。論文著者であるAmy Cuddy博士が、この研究の心理テクニックを『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』という書籍としても出版したので話題となりましたが、2015年の追試では、同じ現象がほとんど再現されなかったため、パワーポーズの効果が疑問視されるようになりました。Cuddy博士は反論しましたが、2016年、オリジナル論文の共同研究者であったDana Carney博士が、自分たちの研究結果に対して自信が持てないことを表明。パワーポーズの信頼性は地に落ちたのです。 Loss of Confidence Project(自信喪失プロジェクト) Carney博士が勇気を出して自身の研究の不完全さを公表したことは、学術界に衝撃を与えたと同時に、新たな示唆を投げかけました。誤りや再現性のなさを隠すのではなく、公にすることが、逆に研究の透明性を確保することになるのではないか、と。 Carney博士による表明をきっかけにして、Loss…

知的財産権-研究者が知っておくべきこと

知的財産権とは、発明、文学作品、芸術作品、画像、シンボルマークなど、知的創造活動によって生み出された無体物を財産として専有できる権利です。この権利により、知的創造活動の成果から利益を得ることが認められると同時に、他人が不当に「財産」を使用することを防ぐことができます。研究者にとっては、自分の成果を守ると共に、他者の成果を侵害しないためにも押さえておくべき内容です。知的財産権がどう研究活動に関わってくるのかを見てみましょう。 ■ 知的財産と知的財産権 国によって知的財産に含まれるもの、知的財産を管理する法および監督官庁は異なります。日本の場合、知的財産権は、次の2つに大別されます。  著作権およびその他の知的創造物についての権利 文学、学術、芸術、音楽などの創作的活動を保護するための権利です。著作権には、データベース、参考文献、コンピュータプログラム、建築物、出版書籍、製図などの精神的作品の保護も含まれています。  産業財産権 商標権や商号など営業活動に関わる権利です。知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権および商標権の4つがこれに該当します。 ・特許権 発明者に一定の期間、独占的・排他的な権利を与えて、発明を保護しようとするものです。特許を取得していれば、その製品の製造、頒布、販売、商業的使用などを独占的に行うことができます。通常、期間は出願から20年間が対象とされていますが、一部25年に延長可能なものもあります。 ・実用新案権 物品の形状、構造などの考案を保護するものです。出願から10年間が対象です。 ・意匠権 新規性と創造性を有する物品のデザイン(形状、模様、色彩またはこれらの組み合わせ)を保護するもので、期間は出願から20年です。2D(線やパターン)や3D(物体の形状や表面の模様や色彩)の工業デザインが保護の対象となります。 ・商標権 製品またはサービスを識別するために用いられる独自の標識やシンボルマークです。一語でも複数の語でも、数字の組み合わせでもかまいません。図形、立体的形状、動き、音、色彩なども商標として保護されます。商標の出願は、保護の必要な範囲に応じて、国レベルまたは地域レベルで行うことができます。日本の商標権の期間は登録から10年です。…

「再現性の危機」に対応するための「チェックリスト」

以前、本誌では、『ネイチャー』誌が2016年に研究者たちをアンケート調査したところ、回答者1576人のうち70%以上が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたが失敗した経験がある、と答えたことを紹介しました。このように、論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できないことがしばしばあるという現状は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。 今年4月18日付『ネイチャー』誌の社説は、同誌が論文原稿を投稿する著者たちに、すべての項目を満たすよう求めている「 チェックリスト (Statistical parameters)」が「正しい方向への第一歩」ではあるものの、再現性の危機に対応するためには、まだほかに行なうべきことがある、と主張しました。 また同誌は再現性とチェックリストの効果について調べるために、2016年7月から2017年3月にかけ、『ネイチャー』に投稿したことのある研究者5375人に調査票を送り、その結果のデータをそのまま公開しました。それによると、回答した研究者480人のうち49%は、チェックリストが『ネイチャー』に掲載される研究の質の改善につながっている、と答えたそうです。15%はチェックリストの有効性に同意しませんでした。 回答者の86%は、再現性が低いことを自分たちの研究分野における危機である、と認識していることもわかりました。この割合は2016年の調査と同様です。また2016年の調査では、回答者の約60%が「再現性の危機」の原因として、「選択的報告(selective reporting)」を挙げていたのですが、今回の調査でも、約3分の2が同じように「選択的報告」を指摘していました。 「選択的報告」とは、しっかりとした定義はありませんが、たくさんあるデータのなかで自分の仮説に最も都合のよい結果だけを選んで論文に書くことをいいます。いいとこ取りをするという意味で「チェリーピッキング(cherry picking)」と呼ばれることもあります。研究結果をわかりやすく見せるために多くの研究者が行なっていることであり、これを「悪いこと」とみなすかどうかは微妙なところです。しかし、選択的報告が再現性を低めていると認識している研究者が多いことは確かなようです。『ネイチャー』のチェックリストは、この選択的報告をより透明化するようにも設計されているといいます。 ではこのチェックリストは、再現性の低さという問題に対応できているのでしょうか? 「部分的にはそうであろう」と『ネイチャー』の社説は評価しています。ただしアンケート調査の回答からは、再現性の低さをもたらす要因として、著者へのトレーニングや報告の透明性、そして「研究発表せよというプレッシャー(publishing pressure)」といった微妙な問題があることも浮かび上がる、といいます。 好ましい兆候もあります。2012年、アメリカにある国立衛生研究所(NIH)のストーリー・ランディスらは、医学・生命科学分野における前臨床研究(動物実験)の透明性を高めるために、論文の著者は「無作為化(ランダム化)」、「盲検化(ブラインド化)」、「サンプルサイズの推計」、「データの調整」という4つの基準について報告すべきだと提案しました。これは「ランディス4基準(Landis 4…