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論文での動植物の学名の記載方法

動植物を使用した研究を行い、それを論文にするときには、世界共通の名前である学名で記載する必要があります。読者の誰にでも理解されるという点では便利なのですが、ほとんどの学名はラテン語で記されるため、かなりやっかいなものでもあります。研究で使った動植物を特定しつつ正確に示すため、ここでは動植物の名前にしぼって学名の書き方とその際の注意を記します。

学名とは

通常、動植物には、一般的に使われている通称名とは別にそれぞれの国の言語でつけられた名前(日本であれば和名/標準和名)がついていますが、通称名でも和名でも他の国では通じません。そのため論文には学名で記す必要があります。
マグロを例にとると
一般的には「マグロ」で通じますが、マグロにもいろいろな種類があり、絶滅危惧種に指定されているマグロの和名は「クロマグロ」です。これが鮨屋では「本マグロ」とも呼ばれ、英語圏ではBluefin Tunaとなり、国よって名称が異なります。いずれも世界共通の名前とは言えません。そこで、種を正確に識別するための学名「Thunnus thynnus」と記すことで、どの国の人が読んでも同じ生物の話であると分かるようにするのです。

国際的な命名規約

学名は国際的な分類学の基準に従って命名されており、生物は大きく分けて3つの分野(動物/植物/細菌・古細菌)に分けて命名規約が決まっています。種の学名は、分類学の父と呼ばれるスウェーデンの植物学者カール・リンネによって1700年代に体系化されました。リンネの「二名法」は、属名と種名(種小名/種形容語)で構成され、イタリック体(斜体文字)で表記されます。
現在、以下の三大命名規約により動物、植物、細菌の学名について詳細な規定が設けられています。(注:栽培植物およびウイルスについては別の命名規定が適用されますが、ここでは割愛します。)

国際藻類・菌類・植物命名規約日本語版は国際植物命名規約邦訳委員会が作成)
国際動物命名規約(ICZN)(日本語版[追補]は日本分類学連合が作成)
国際原核生物命名規約(ICNP)(日本語版は国際細菌命名規約1990年版翻訳委員会が作成)
これらの規約に従って、その種固有の学名が決められますが、分類学上の変更や命名規約の改定によって変更を余儀なくされることがあることも覚えておくべきでしょう。

生物の分類

二名法で記される属と種よりも上位の分類についても補足しておきます。生物は、遺伝的特性および系統発生的特性に基き、界・門・綱・目・科・属・種のカテゴリーに分類されます。長らく最上位のカテゴリーは「界=Kingdom」 とされ、動物と植物に分けたのみの二界説が有力でした。しかし、細胞構造の比較、分岐分類学の発展、さらに遺伝子の解析が進むにつれて界の分類がより細かくなり、さらに、rRNAの解析をもとに界のさらに上に「ドメイン」を置き、これを3つに分割(細菌、古細菌、真核生物)する3ドメイン説も提唱されているなど、変わっている部分もあります。

二名法で表記する学名は、属名と種名(動物学では種名、植物学では種小名)をイタリック体で、属名の頭は大文字、種名は小文字で書くのが原則です。翻訳の必要はありません。以下にカテゴリーをタイリクオオカミの例とともに示します。

分類学上の階級は下記の通りです。

ドメイン Domain 真核生物ドメイン
Kingdom 動物界
Phylum 脊椎動物門
Class 哺乳綱
Order ネコ目(食肉目)
Family イヌ科
Genus イヌ属
Species タイリクオオカミ

ここでは省略しましたが、実際のタイリクオオカミ(Canis lupus)の分類には、亜目、亜科といったサブカテゴリーも付いています。個々の種によって異なりますが、学名として記載される属名と種名が分かれば、その上位のカテゴリーの情報が系統立てて分かるようになってます。Canislupus単体では特定の種を表すことにはなりませんので、記載漏れのないように注意しましょう。また、小さなスペルミスでも他の種になってしまうこともありますので、スペルチェックは必須です。

E219-in

動物の学名の書き方

では、実際に論文中に動物の学名を記述するときの注意です。

  • その生物に最初に言及する際には、学名と一般名を併記し、その後はいずれか一方を一貫して使うようにします。

Gray wolf (Canis lupus) is native to North America and Eurasia.
タイリクオオカミ(Canis lupus)は、北アメリカとユーラシアに生息している。

  • 2回目以降の言及では通称名(標準名)、学名のいずれかを使いますが、学名で記載する場合には、属名は頭文字とピリオドのみの記載となります。

In North America, the gray wolf was nearly hunted to extinction.
In North America, C. lupus was nearly hunted to extinction.
北米のタイリクオオカミは狩猟によって絶滅寸前となった。

  • 多くの場合、ひとつの属の中には複数の種がおり、その属の種全体に内容が及ぶ場合も考えられます。例えば、

All species of Canis are known to be moderate to large and have large skulls.
中型から大型犬として知られるイヌ属のすべての種は、大きな頭蓋骨を持つことが知られている。
このような場合には、以下のように書くこともできます。
Canis spp. are known to be moderate to large and have large skulls.
「spp.」は”several species(複数の種)“の略で、「sp.」が単数、「spp.」が複数を示します。特定の種について語る場合には、種の名前を列記します。

  • 学名の後に、頭文字や省略形が書かれることがあります。これは、その種の発見者や命名者を表します。例えば、Amaranthus retroflexus L.と書かれていた場合、 (斜体表記ではない) Lは、リンネがこの学名を付けたことを示しています。新しく命名された種ではほとんど見かけませんが、古くから知られている種には識別のために命名者の名前が付いているものがあります。動物の場合は、学名と命名者、または学名と命名者と年号、両表記がありますが、植物の場合は規約上推奨されているのは命名者のみで、年号の表記は規定されていません。動物と植物でルールが異なることを頭の隅に入れておいてください。

例外的な書き方

  • こうしたルールにも例外が存在します。まず、2回目以降の言及であっても文頭に来る場合は、属名全体を書かなければなりません。

Canis lupus was nearly hunted to extinction in North America.
また、頭文字が同じ別の属の種について書く場合は、混乱を避けるため、属名全体を記載します。
Both the gray wolf (Canis lupus) and the beaver (Castor canadensis) are native to North America.
タイリクオオカミ(Canis lupus)とアメリカビーバー(Castor canadensis)は、ともに北アメリカに生息している。

このような場合、2回目以降の言及で省略なしの学名記載とするのでも間違いではありませんが、混乱の原因になります。状況に応じて通称名を使うのが良いでしょう。

  • 論文タイトルの中に学名を入れる場合はすべて大文字で表記します。

A Study of the History of CANIS LUPUS in North America

  • ヘッダーやフッターなど、そもそもイタリック(斜体)で表記されるテキスト中では、学名を逆に正体で表記します。

Canis lupus is nearly extinct in North America

植物の学名の書き方

植物の学名も動物の同様に二名法で定められており、本文中での記載方法も同じです。

Royal grevillea (Grevillea victoriae) is found in New South Wales and Victoria.
ロイヤル・グレビレア(Grevillea victoriae)はニューサウスウェールズ州およびビクトリア州に分布する。

種の下位カテゴリーには亜種(subspecies=subsp.)や変種(variety=var.)がある場合もあります。例えば、Grevillea victoriaeには3つの亜種が存在します。
Grevillea victoriae subsp. victoriae
• Grevillea victoriae subsp. nivalis
• Grevillea victoriae subsp. brindabella

属名まではわかっているものの、種までは特定できないような植物の場合、例えば、「Grevillea sp.(グレビレア属の1種)」と表記することもできます。また、その属の複数またはすべての種について言及したい場合には、「Grevillea spp.」のような書き方も可能です。

学名には、発見され地名や生息地、発見者の名前が種名・種小名に使われるのが一般的です。例えば、Grevillea victoriae F.Muellでは、英語では大文字で表記されるビクトリア州(Victoria)という地名が種小名の由来です。種の名前を入力する際には頭の文字が大文字に自動修正されてしまうこともあるため注意が必要です。また、栽培品種の学名は別の命名規約に準じて定められています。属名または種小名の後に一重引用符(‘’)で栽培品種名を正体(イタリックではなく書式)で書き加えるなどの決まりがあるので、そちらにも注意してください。

  • Grevillea rosmarinifolia ‘Rosy Posy’

学名を記載するときのチェックポイント

  1. 学名はラテン語のままイタリック体で記載する
  2. 二名法に準じて属名(頭は大文字)、半角スペースをあけて、種名・種小名(小文字)を記載する
  3. 属名を付けずに種名・種小名だけを書かない
  4. 種名が同定できないものは、属名の後にイタリック体にせずにsp.と表記する
  5. スペルミスには最善の注意をするとともに、入力時に種名・種小名の頭が大文字になってしまわないように注意する

原稿作成の際、ジャーナルのガイドラインを確認し、引用と参考文献の形式、見出し、セクション配置のルールなど、ジャーナルのガイドラインに準拠することが前提です。しかし学名の表記は、投稿先のジャーナルにかかわらず、国際的な規準に即したものにしなければなりません。学名、通称名のいずれを選択したとしても、それを一貫して使用しましょう。馴染みの薄いラテン語であるため面倒ではありますが、世界共通であるという他に、全く知らない種の生き物でも学名を理解できれば近縁種が分かるというメリットもあります。学名とは分類学上の知恵を集約したものです。ぜひこの記事を参考に、学名を使いこなしてください。

 

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