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科学が直面する問題

最近のある調査で、270人の科学者を対象に「科学が直面している最大の問題は何か」をインタビューしたところ、多くの科学者が「外部機関の間違った科学振興策が科学者のキャリアに悪影響を与えている」と認識していることが分かりました。
科学者たちは「昨今では科学者としての成功の是非は助成金の獲得金額、研究論文の発表件数、研究結果の大衆性で決まる」と指摘し、また「社会的に意味のある発表を求められる傾向にある」と回答しています。
科学者は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いと言われますが、失敗が科学者としてのキャリアに悪影響を及ぼす可能性があり、彼らは疑問の探求よりも保身を優先せざるを得ない状況に置かれています。このような状況を、カリフォルニア大学マーセド校 認知情報学部の Paul Smaldino助教は「現在の評価システムをうまく利用できた人が、成功を収めた科学者ということになってしまう」と危惧しています。
専門家に意見を伺ってみましょう。


科学のほとんどはお金の問題である

Editor1かつて、環境法の専門家であるグスタフ・スペス (Gustave Speth) はこう述べたと言われています。
「私は、生物多様性の喪失、生態系の崩壊、そして気候の変化が、最大の環境問題だと考えていました。そして、30年間しっかりと科学研究を行えば、これらの問題に対応できると考えていました。しかし私は間違っていました。最大の環境問題は、利己心であり、貪欲さであり、無関心なのです…」。
この発言は、科学において何が大きな問題なのかをうまくまとめていると思います。実際、科学のほとんどはお金の問題です。大学はますます企業のようになりつつあります。基礎科学はお金になりません(基礎科学の応用はお金になりますが、それは大学のやることではないでしょう)。
再現可能性や健全な研究設計を犠牲にしてもできるだけ早く論文を発表すべき、という圧力の背後にはお金があります。お金は研究に充てられる期間を縮めており、科学的発見はお金がないと買えないものになっています。さらに、科学者たちをきわめて激しい資金獲得競争に駆り立てているのもお金です。
しかし、肯定的に考える余地も残されています。少なくとも、科学に関する情報が十分に伝えられていないという問題は容易に解決できます。専門の科学者でなくても科学を詳しく理解することは可能です。「自分が十分理解していない研究については報道しない」という科学記者のための倫理規定を設けることも可能なはずです。

博士(生物学)
イギリスで12年以上の研究・編集経験


科学的に重要な研究を行える環境づくりが必要

Editor2現在 科学者たちが直面している大きな問題のひとつは、科学者たちが「研究課題の質や内容ではなく、いくら研究費を獲得するか、何本論文を発表するか、どのくらい公共の利益にかなっているかによって研究を評価されている」と感じていることです。
科学は研究と発見より、評価を目指すものになりつつあります。その理由は、現在、科学者たちが資金の獲得に奔走し続けなければならないという、大きな問題に直面していることにあります。
資金は科学者の研究内容、研究結果、科学者が負うリスクに大きな影響を与え、そして悪循環をもたらします。科学者が補助金や助成金を獲得するには論文を発表する必要があり、論文を発表するためには肯定的な研究結果を得る必要があります。それゆえ、科学者たちは、論文を発表しやすい「安全な」研究を選ぶようになります。さらには、資金提供者に気に入られるために、偏った研究結果を発表することさえあります。
この問題に付随して生じる問題には、次のようなものがあります。
誤った動機づけにより研究設計が不十分なものになる、研究結果の再現が不可欠であるにもかかわらずそのための資金が不足する、査読が偏ったり誤ったものになる、研究結果を入手するのにお金がかかる、研究結果が一般の人々に対して十分に伝えられていない、といった問題です。また、若手科学者として研究を始めることがきわめて困難で、報酬が少ないことも大きな問題です。
若手科学者も熟練の科学者も、ひいては科学そのものも、これらすべての問題に直面していますが、これは科学が衰亡を運命づけられているということではありません。これらの問題が意味するのは、欠陥のある制度を改革し、科学者が重要な研究を行えるようにしなければならない、ということです。

修士(情報技術)
日本で11年以上の英日翻訳経験


科学をとりまく資金環境が研究者に「選択圧」をかけている

Editor3短期間の研究契約の報酬は、出版した論文の数とインパクトファクターのみに基づき支払われるケースが多くあります。これらの契約は短期であるため、研究者たちは速やかに論文として出版できる成果をもたらす研究のみを行う可能性があります。その結果、常勤職の研究者と、非常勤の研究者で科学研究に違いが生じる可能性が高くなります。この違いは検討に値します。なぜなら、充分な報酬を得ていない博士研究員やポスドク研究員が現在過剰に供給されていることから競争が激化し、若手研究者による論文数はこれまでになく増加しているからです。
SmaldinoとMcelreathは、「悪しき科学の自然選択」と題した論文を2016年に発表しました。この論文は、科学的な達成ではなく研究者という職業にとって重要なことに報酬を与える資金環境がもたらす結果を明らかにし、不十分な研究方法と安全な仮説を採用するよう「選択圧」がかかっていることを示唆しています。
「選択圧」を受けたつまらない研究を見つけるのは簡単です。たとえば、薬学の研究者たちは、毒性と有効性の標準的な測定方法によって、治療に使える可能性のある数百の化学物質を比較し、試験化合物の種類が異なるだけの論文を大量に発表することがしばしばあります。
しかし、このような論文を多く発表し十分な資金を得ることで、より高度な研究のための資金を確保することも可能です。論文の数と掲載誌だけを基準に行われるような資金配分という「逆インセンティブ」にとらわれずに研究を行うことが可能になるのです。
研究資金がどんなに不足しても、また資金の配分方法が間違っていても、科学的に価値のある研究に集中する方法を見い出す研究者は出てくるでしょう。報酬は低いが有能でやる気のある研究者が、減少しつつある就職機会のために安全でつまらない科学研究を行うよう奨励されている環境ですら、こういう研究者は出てくるでしょう。
科学に対する公的資金の投入額は、人文学に対する投入額をはるかに上回っていますが、科学者であることはいまなお特権であり、多くの研究者は、ストリートアーティストのように、自らの好奇心を追求しているがゆえに経済的に不安定な生活を強いられています。

博士(癌研究)
オーストラリアで12年以上の科学・医学文献執筆経験

 

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