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著名な学術雑誌は絶対か~ビジネスモデルの変化

京都大学高等研究院の本庶佑特別教授が、2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞された明るいニュースが大きな話題となりました。しかし、10月1日に京都大学で開催された記者会見では、受賞の喜びとともに、日本の科学研究の現状に対する懸念を表明されています。他のノーベル賞受賞者がそろって日本の学術研究、特に基礎研究の弱体化を心配していたのと同様、本庶教授も基礎研究への支援が重要であるとして、多額の研究費用を基礎研究に投資する必要があると訴えました。

研究成果を利用する企業(製薬会社)にリターンを求めたことも含め、大変示唆に富む会見でしたが、その中の一部を抜粋します。

よくマスコミの人は、ネイチャー、サイエンスに出てるからどうだ、という話をされるけども、僕はいつも、ネイチャー、サイエンスに出てるものの9割はウソで、10年経ったら、まあ、残って1割だというふうに言ってますし、だいたいそうだと思ってますから。まず、論文とか書いてあることを信じない、自分の目で、確信ができるまでやる、それが僕のサイエンスに対する基本的なやりかた……(後略)

自分の目で確信できるまでやる――というのはサイエンスにとってとても重要です。しかし、頭に残ったのは「ネイチャー、サイエンスに出てるからどうだ……」という部分でした。というのは、日本のメディアおよび日本人研究者は著名な学術雑誌(ジャーナル)の権威を絶対視する風潮があるのを指摘されたように思えたからです。もちろん、ネイチャーやサイエンスは素晴らしい学術ジャーナルで、世界中の研究者のみならず学術研究に関心のある多くの読者に読まれていますが、世界で新しい論文発表および共有の方法を探る動きが広がっているのも事実です。


欧州各国では、大学あるいは大学連盟がジャーナル購読料の高騰に反発し、大手出版社との交渉の末に購読契約を打ち切る事態が起こっています。にもかかわらず、日本の大学ではこのような動きは出てきていません。研究費が減ったと研究者が嘆く中、日本の大学は高額な学術ジャーナルの購読料を言われた通りに支払い続けているのでしょうか。また、大手学術ジャーナルが刊行を発表した新しいジャーナルへの投稿を、その分野の研究者がボイコットする動きも出ていますが、日本でそのような抗議が拡大しているとも聞きません。多くの日本人研究者は、研究成果を論文にして著名な学術ジャーナルで発表すべく、日々努力しています。しかし、学術ジャーナルに論文を発表することは本来の目的ではないので、研究成果の発表方法、その後の活用法など、自分が確信できるやり方を考えることが求められているのではないでしょうか。

■ オープンアクセス(OA)への動きが欧州で加速

研究者である以上、自分の研究成果をより多くの人に読んでもらい、評価してもらうことは重要です。そのための一つの手段が著名な学術ジャーナルに論文を発表することですが、当然ながらそれらの学術ジャーナルに論文を掲載するのは簡単ではありません。そんな中、オープンアクセス(OA)の流れが加速しています。無料で論文が閲覧できるOAジャーナルが台頭してきたこともあり、より多くの人に読んでもらうために著名な学術ジャーナルに論文を発表することが、絶対的な手段ではなくなってきているのです。

9月4日、Science Europe(欧州の研究助成財団および研究実施期間が加盟する組織)は、欧州委員会(EC)の支援のもと、欧州11の公的研究助成機関が支援した研究者の論文を出版日に無料で読めるようにするためのイニシアチブ“cOAlition S”を発表しました。これは、2018年7月より議論されていた“Plan S”を達成するための協定です。“Plan S”とは、2020年以降に出版する公的資金を受けた研究に対し、OAジャーナルあるいはOAプラットフォームでの公開義務化を目指すもので、世界の研究助成機関に参加を呼びかけており(早くも27カ国から43機関が署名、2018年11月現)、オープンアクセスへの移行を確実に加速させています。

誰もが無料で論文を読めるようにする――従来は、読者が購読料を支払ってきましたが、その代わりに研究者が論文の公開料を支払うという ビジネスモデル への転換が進んでいるのです。論文への自由なアクセスを求める動きは、海賊サイト「Sci-Hub」を登場させたほか、学術ジャーナルの出版前にインターネットで論文を公開する動きにも広がっています。当然ながら、この協定およびイニシアチブに対し、学術ジャーナル各誌は反発を示していますが、研究者の中にも懸念を表明する動きが出てきています。

■ 学術出版社のビジネスモデルを揺さぶる動き

“Plan S”は米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ夫妻の「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が、財団が資金提供する研究者の論文を誰もがアクセスできるようにすることを目指したことに着想を得ています。既に、同財団は支援した研究論文を公開サイト「ゲイツオープンリサーチ」で公開しています。しかも、発表するだけでなく、従来であれば出版社が行っていた論文の評価(F1000に委託)まで一貫して行っているのです。論文を無料でオープンにすることで、研究への興味は高まる一方、第三者機関に評価を委託し、かつ多くの読者による閲覧が可能になることで、論文自体は厳しい評価にさらされることになります。研究者にとっては、財団のOAポリシーに準じてプラットフォーム上に研究成果を掲載することで研究成果を迅速に公表し、他の研究者と議論することもできます。さらに、研究データも公開できるので、データの再利用も可能となり、研究の促進につながるのです。

そして、11月5日、ビル&メリンダ・ゲイツ財団と英国のウェルカム財団も“cOAlition S”に参画し、PlanSを支持すると発表しました。これにより2020年以降、ウェルカム財団の支援した研究は、NatureやScienceなどの学術ジャーナルに掲載されないことになります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は既にOAへの出版を求めていますが、財団のOAポリシーを1年の間にPlanSに即したものに書き換えると表明しています。多額の研究支援金を拠出しているこれらの財団が動いたことで、購読料で成り立っていた従来の学術出版社のビジネスモデルは根底から揺るがされているのです。

学術研究をとりまく状況は大きく様変わりしています。世界(学術界)の荒波を乗り越えて進むためには、本庶教授が言われたように「自分の目で確信できるまでやる」という強い意志が必要なのかもしれません。


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