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否定的な研究結果の出版はなぜ重要か

ほとんどの基礎研究・前臨床研究には再現性がない、と言われています。しかし、再現性のない研究でも文献としては残り続けるため、その結果を再現しようと他の研究者が時間と研究資源を無駄にしてしまいます。この無駄を防ぐため、否定的な研究結果の出版が必要とされています。否定的なデータが出版されることにより、無駄な実験に費やす時間を減らすことができるほか、不適切な手法のために再現できなかった事例の報告としても役立ちます。このような要望に対して、以前に学術英語エナゴアカデミーの記事でも取り上げた、オープンアクセスジャーナルのF1000Researchは否定的な研究結果も積極的に掲載する取り組みを行っています。こういった試みに対し、おおよその研究者は好意的に受け止めているものの、出版はまだ進んでおらず、効果が出てくるのはこれからと考えられています。 専門家たちの意見を伺ってみましょう。


蓋然か、偶然か-否定的データの価値を見極めよ

客観性を目指す科学において、無駄な努力を省き、新しい仮説を立てられるようにするため、否定的な研究結果を出版する必要があることは明らかです。しかし、これは科学哲学の核心に関する問題であり、実用を考えない純粋科学という考え方にかなりの影響を及ぼします。現在支配的な実用を目指す科学において、否定的な研究結果は、間違った考え方を示すもの、期待された効果を得られなかったもの、と見なされることが一般的です。しかし、アインシュタインは原子爆弾を発明しようとしていたわけではないですし、また、100年前の物理学者は自分の研究が現代の情報技術に使われるとはまったく考えていませんでした。それと同様に、弦理論研究者はその数学的モデルが将来どのように使われるかを予測することはできません。
否定的なデータは確かに無駄ですが、存在する否定的なデータを入手できないというのも無駄です。もちろん、否定的なデータにはそれを検証する努力に値しないものもありますし、出版する価値のあるものはさらに少ないでしょう。結果はどうであれ期待できる計画に基づいて行われる臨床試験も多いですし、その一方で、否定的なデータが出たらすぐに方向転換するような基礎研究もあります。生命科学分野の基礎研究は、分子集合の複雑なネットワークを扱っており、システム生物学における研究によって、すべての分子経路はきわめて難解なかたちでつながっていることが示されてきています。このような、生命の操作不可能な複雑さを考えれば、ある分子集合を再現できなくても、それを蓋然性が高いものだと解釈するより、たまたまだと解釈すべき場合があるでしょう。したがって、生命科学の内、より複雑な分野においては、再現可能性に科学的価値を置いて否定的なデータを報告してもあまり実りがなく、研究室の実験ノートに記録しておけばよいという場合もあるでしょう。

博士(癌研究)
豪州にて12年以上の科学・医学文献執筆経験


「否定的な結果」は、「肯定的な結果」と同様に科学を進歩させる

実験によって仮説を検証しようとする際に、その仮説を支持する結果が得られた場合、その結果は出版に値すると見なされます。しかし、その仮説が誤りであることを示す予期しない結果が生じた場合、それが出版されることはほとんどありません。歴史を見ると、否定的な研究結果を出版しなかったことが科学に大きな影響を与えた様々な事例があります。
マイケルソンとモーリーによって行われた実験は、否定的な実験結果が科学的に重要な帰結をもたらした古典的な例です。マイケルソンとモーリーは、異なる慣性系―地球の自転方向とその逆方向―における光の速度を計測し、光の伝搬についてその当時一般的だった理論が予想するように、速度に違いが出るだろうと考えていました。しかし二人は、どの方向でも光の速さは同じであるという結果を得ました。この否定的な結果は、物理学者たちを驚かせ、特殊相対性理論が生まれるきっかけになりました。この「否定的な結果」は、「肯定的な結果」と同様に科学を進歩させたわけです。この実験は、現在の世界にもうひとつの大きな影響を与えています。それは、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)による重力波の検出です。LIGOの検出器は、光のビームがたがいに「干渉する」あり方を突きとめ、検出器の中を光が移動していく際にどう変化するかを明らかにしました。この考え方は、マイケルソンとモーリーが1887年に行った実験の基礎になったものと同じです。
出版社は、否定的な研究結果の出版に対してより前向きになりはじめています。インターネットで誰でも無料で読める学術誌であるf1000Research は、生命科学における肯定的な研究結果と否定的な研究結果の両方を掲載しています。また、Journal of Negative Results in Biomedicineなど、否定的な研究結果のみを掲載する学術誌もあります。これは歓迎すべき傾向です。肯定的なものでも否定的なものでも、それが知識を発展させるのであれば、すべての科学的データが出版されるべきだと私は考えています。

博士(有機化学)
米国にて6年以上の科学・医学文献執筆経験


成功より失敗から多くを学ぶために必要

肯定的な研究結果だけでなく、否定的な研究結果を出版することも必要です。肯定的な研究結果を出版するだけでは、研究の視野が制限され、偏りがちになります。通常の科学実験では、仮説を立て、実験を行い、結果が肯定的であれば論文にまとめて提出する、という流れになり、否定的な結果は通常無視され、出版されることはありません。
より中立的でよりよい方法は、意味のある仮説に基づく実験結果はすべて出版する、というものです。否定的な結果を出版しなければ、研究文献の蓄積は偏っていきます。同じ問題を考えている他の科学者が、すでに失敗した実験をそうと知らずに試みて、研究資源と時間を無駄にしてしまうことがあり得ます。これが、否定的な結果を出版すべき主な理由のひとつです。
もうひとつの主な理由は、否定的なデータを出版することで、科学者たちがより多くの情報を共有し研究結果を積み重ねていくことができるようになるからです。成功より失敗から多くを学ぶということはよくありますが、同じことが科学者たちにも当てはまります。

修士(情報技術)
日本にて11年以上の英日翻訳経験

 

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