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科学者たちの行進-科学を守るために今、起きていること

2017年1月にアメリカでトランプ新政権が発足しました。大統領が変われば国の政策も変わりますが、科学界にここまで大きな影響を及ぼしている大統領も、そういないのではないでしょうか。トランプ大統領は、選挙戦の時点から反科学的な姿勢を見せ、地球温暖化対策として世界が同意した「パリ協定」からの離脱も示唆していました。そして、就任早々に環境保護庁(EPA)への研究資金援助の停止を取り決め、EPAから発表する科学的な成果やデータを、政府が公表前にチェックするという方針も出されたのです。新政権は発足早々、科学コミュニティーの「制圧」に乗り出したと言えるのかもしれません。

科学コミュニティーに広がる不安

2016年9月、宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士をはじめ375名の科学者が、パリ協定からの離脱を示唆したトランプ氏を警告する公式書簡に署名したことが、世界的に報道されました。それでもトランプ氏の意思はまったく揺らぐことなく、就任直後にホワイトハウスのホームページから気候変動に関するページを削除し、関係者を不安にさせています。その思惑は、温暖化対策に反対してきた石油大手エクソンモービルの経営者であったティラーソン氏を国務長官に、そして過去にEPAを相手取って訴訟を起こしたこともある温暖化懐疑論者のプルイット氏をEPA長官に任命したことからも読み取れます。パリ協定からアメリカが離脱するかの是非については、5月中にも判決が下されると噂されていますが、この人事を見る限り、科学コミュニティーの懸念は現実と化しています。

マーチ・フォー・サイエンス―科学のための行進

新政権の動きに対抗しようと科学コミュニティーに広がったのが、「マーチ・フォー・サイエンス」の呼びかけです。「Women’s March」という、女性の権利を守ろうと訴える行進が大統領就任式翌日の2017年1月21日にワシントンD.C.を中心に行われたのに倣い、科学研究や科学的な成果・データを守ろうと訴える「科学者の行進」をやろう、との声があがったのです(参照:https://www.marchforscience.com/)。
そして2017年4月22日、ワシントンD.C.のナショナル・モールをはじめ世界600か所以上で、集会や行進が行われました。TwitterなどのSNSを通じた呼びかけに応じて集まった人々が、「科学に基づく政策を」と声を上げたのです。折しもこの日は「アースデー」-地球環境問題に関心を持ってもらおうと、1970年にアメリカのネルソン上院議員が4月22日を”地球の日”と宣言したことから誕生した日-でした。地球環境を守る国際的な連帯行動の日に合わせて科学者の行進を行い、「健康・安全・経済・社会政策における科学の重要性と役割を守るムーブメントの最初のステップとしよう」と世界で訴えたのです。ワシントンでは、科学者ら1万人が参加。日本(東京)でも、日比谷公園から東京駅まで、150名ほどが集まって行進しました。

科学者の抵抗が始まった

科学者の行進は、アメリカおよび世界の科学者にとって記念すべき出来事となったことでしょう。科学コミュニティーは「科学」、つまり研究の積み重ねによって得られた成果を支持するよう訴えているのです。この行進の企画者の一人であるジョナサン・バーマン氏は、政府による政策決定は事実に基づいた評価を慎重に行ってからなされるべきだと述べています。過去の政策判断において科学が重要な役割を果たしてきたことを省み、現在の政策決定者にも同じように、客観性を重視する科学的根拠に基づいて判断を行うよう求めているのです。
また「マーチ・フォー・サイエンス」と連動する形で、4月29日にはワシントンD.C.をはじめとした全米各地で、トランプ大統領の環境政策に反対する抗議デモが行われました。環境活動家でもある元副大統領のアル・ゴア氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏も参加し、各種報道で取り上げられました。科学者や環境問題に関心を持つ人々が、行動を通じて意思を示すようになってきているのです。

研究者か活動家か・・・

ただ、研究者が政治的な活動に関与しすぎることを懸念する声もあります。アメリカ科学振興協会(AAAS)、アメリカ細胞生物学会(ASCB)、視覚と眼科学研究協会会議(ARVO)など多くの科学コミュニティーがこの行進を支援していますが、通常なら政治関与を避けるこれらの団体が賛同を表明しているのは異例のことです。
この動きに対し、「トランプ政権が打ち出した衝撃的な2018年度の予算案を見て、研究室にこもっていることができなくなると気づいたからだ」と辛口な見方をする人もいるようです。確かに2018年会計年度の予算教書は、EPAだけでなくアメリカ航空宇宙局(NASA)、エネルギー省科学局、国立海洋大気局(NOAA)、国立衛生研究所(NIH)の予算も軒並み大幅に削減するという、科学コミュニティーに大打撃を与える内容です。
国立の研究所だけではありません。NIHの予算の8割が全米の大学・研究所の生物医学研究費として使われていると言われるため、今回の予算案がもたらすアメリカの科学コミュニティーへの影響は計り知れません。このような状況下では、今まで活動家(アクティビスト)の取り組みを遠めに見るに留まっていた研究者が、彼らと意識を共有し、デモに参加すると意思表示するのも、うなずけるのではないでしょうか。

科学コミュニティーの混乱は続く

今回の行進について、政治的なメッセージを発信することは科学コミュニティーに悪影響を与えると考える人がいる一方で、政治に無関心なままでは十分な研究活動ができないと考える人もいます。まさに賛否両論です。しかし科学技術が経済と社会の発展に重要な役割を担う以上、科学と政治を完全に切り離すことは難しいと言えるのではないでしょうか。
今回の行進が科学コミュニティーのメンバーおよび科学に携わるすべての人たちにとって、「科学を守るためには何をすればよいのか、何が必要か」を考えるきっかけとなったのは確かです。地球温暖化をはじめとした広く認識されている科学的な事象について、政治家が科学者の助言を仰がず、科学的データを削除しようとする事態は、これまでには見られなかったことです。アメリカの新政策が科学コミュニティーに留まらず、世界の科学界、研究活動、地球温暖化対策に波乱を巻き起こしていることは確かです。これからどのように政策が進められていくのか。それに伴う混乱は、まだまだ続きそうな気配です。


参考補足:日本での科学者の行進の呼びかけ(facebook)
参考報道:
The White House website’s page on climate change just disappeared CNBC 2017/1/21
朝日新聞デジタル「科学者ら世界各地でデモ 米政権へ「科学基づく政策を」2017/4/23
日経新聞「科学者、トランプ政権抗議デモ 米首都含む世界600カ所」2017/4/24

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