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日本学術会議の問題は国内外でどう見られているのか

菅総理が日本学術会議から推薦された105名の委員候補のうち、6名を任命しなかったことに対して議論が噴出しています。日本学術会議は10月2日付けで、首相宛に新規会員任命を拒否した理由の説明を求める要望書を提出しました。これに続き、大学からは政府は日本学術会議の要請に応じるべきとの意見が出されただけでなく、理工系の学会からは状況を憂慮しているとの声明が発表されました。さらに、任命拒否は法的解釈に関わる問題であるとの指摘も出ています。菅総理は、21日に訪問先のインドネシアでの記者会見で「前例踏襲して良いか考えた結果」と強調したものの、具体的な理由を明らかにしないままとなっています。ここでは、日本の学術界および海外の識者はこの状態をどのように見ているのか、大学や学会の見解、海外誌の報道や学術誌(ジャーナル)の掲載記事などを紹介してお伝えします。

日本学術会議とは

それぞれの立場の意見を並べる前に、そもそも日本学術会議について簡単に述べておきます。日本学術会議は、1949年に設立。内閣総理大臣の所轄の下で職務を行っており、年間約10億円と言われている運営費は国の負担でまかなわれています。日本の学術研究者を代表する機関として、政府に対する政策提言、国際活動、科学者間のネットワーク構築から、社会に対する科学の役割の啓発など幅広い活動を行っています。

国内の反応

まず国内の反応ですが、日本物理学会、自然史学会連合、日本数学会、生物科学学会連合、日本地球惑星科学連合他90学協会が10月9日に記者会見を行い、管首相の任命拒否は「政府により理由を付さずに任命が行われなかったことに関して憂慮」しているとして、「従来の運営をベースとして(中略)早期の解決が図られることを希望致します。」との緊急声明を発表しました。多くの研究者は、今回の任命拒否が学問の自由の制限につながることを懸念しているのです。同日、任命拒否された新会員候補6名のうち2名の教授が所属する東京大学の五紙総長は、「これ(任命の見送り)に端を発した混迷は、学術が持つべき本来の力を大きく削ぐもの」であると憂慮するとした上で、「日本学術会議の置かれた状況が早く正常化し、求められている役割を果たすことができるよう、同会議からの要請に対する真摯な対応を、政府には望みます。」とするメッセージを発表しました。他にも、多くの大学学長および学会が声明を発表しています。この動きは広がり続け、13日には日本自然保護協会と日本野鳥の会、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの自然保護3団体が、連名で抗議声明を出しています。

歴史的には学術会議が推薦した者がそのまま任命されると解されてきました。学術会議の選出が尊重され、総理大臣の任命は「形式的」であると考えられてきたわけです。一方、日本学術会議の運営に税金が投入されており、委員が公務員の立場を有する以上、総理大臣が任命に関する裁量権を持つと言われればその点は否定できません。しかし、任命拒否は「総合的、俯瞰的」理由だとの説明が納得できるものではないことから、緊急声明などを発表することで反論しているのです。

では、国外ではどのようにとらえられているのか。

学術ジャーナルScienceとNatureへの投稿

Scienceは10月5日付けで「日本の新しい首相は学術会議と戦うことを選んだ」と題する記事を掲載し、冒頭で新会員の任命プロセスを混乱させたと指摘。研究者は、菅首相の任命拒否の動きが学問の自由に対する脅威だと考えていると述べています。10月1日に任命者のリストが公開された際に任命拒否が明らかとなって以降、菅総理がいまだに拒否の理由を説明していないこと、この任命拒否に対して首相官邸前で抗議活動があったことを紹介しています。

Natureは10月6日付けのEditorialで「Natureがなぜかつてないほど政治の話題を取り上げる必要があるのか」と題して、より多くの政治的ニュースを掲載していく必要があるとの姿勢を示しました。米国は前代未聞の大統領選挙戦の真っ最中。科学界としてはどちらの候補者が大統領になるか、深刻な問題です。政治家の判断が、今後の研究、研究資金、政策の優先事項など学術研究全般に大きく影響するからです。政治が学術、科学の独立性を担保するか、学問の自由は守られるのかーー科学者は、研究行うために公的資金を得ていますが、政治家から干渉されること、あるいは研究成果に対して政治的な制約が加えられることは望んでいません。研究の独立性を保つには、政治家や政策立案者との信頼関係が必要ですが、今、世界で科学と政治の信頼が危ぶまれています。米国のトランプ大統領が気候変動を否定し、ブラジルのボルソナロ大統領がアマゾンの熱帯雨林破壊が進んでいること示すデータを認めないように、科学的データを無視あるいは見解を否定するといった亀裂が生まれているのです。そして、日本の首相による学術会議会員の任命拒否。本記事に「政府の科学政策に批判的だった6名の学者を日本学術会議の新会員として任命することを拒んだ」と明記されていることは注目です。さらに、学術会議が日本の科学者の声を代表するための独立した組織であること、日本の首相が2004年に会員の任命を始めて以降、初めて任命が拒否されたことも紹介しています。記事の著者は、政府が学術的独立性を尊重することは現在の学術研究を支える基盤のひとつであり、学術研究の独立性が損なわれれば、環境・社会・国民の健康に重大なリスクをもたらすと警告しています。

日本学術会議のあり方の議論

このように、政治が科学に干渉することを懸念し、科学と政治の関係が脅威にさらされているとの指摘がある一方、日本学術会議側にも委員の選考基準やプロセスの明確化・透明化など見直すべき点があるとの意見もあります。首相が管轄する組織でありながら、学問の自由、独立性を確保することは可能なのかといった点も議論となるでしょう。2003年と少し古くなりますが、日本学術会議が各国のアカデミー機関との比較をまとめた「各国アカデミー等調査報告書」によれば、欧米諸国の学術機関の多くが運用資金の大半を民間組織から得ているか、政府からの援助があったとしても全額ではなく、非営利団体あるいは非営利法人などの非政府組織に位置づけられていると書かれています。これに対し、日本を含むアジア諸国では政府機関の中に置かれている国も多いようです。

今回の任命拒否に端を発する問題を受け、河野太郎行政・規制改革担当相は9日の記者会見で、日本学術会議を行政改革の対象とし、学術会議を所管する井上信治万博担当相と協議を進める考えを示しました。自民党は学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム(座長・塩谷立元文部科学相)を設置し、早くも14日に初会合を開催。21日には学術会議元会長3人へのヒアリングを実施しました。今後も学識経験者や経済界などから意見を聞き、年内に提言をまとめる方針を発表するとしています。

学術界と政界の対立にも発展しかねない今回の騒動。弁護士会までもが任命拒否は違憲であるとする声明を発表するなど、議論は混迷を深めています。日本学術会議の在り方、政府との関係、さらに任命拒否が関連法に照らし合わせて適正かといった法解釈論議まで、議論は当分続くと思われます。

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