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研究不正の裏に潜む任期付雇用の暗い影

2018年1月、京都大学iPS細胞研究所での論文不正が発覚しました。言わずとも知れた山中伸弥所長が率いるiPS研究のトップ研究機関における不正発覚。この事実だけでも衝撃的ですが、後を絶たない研究不正の裏に研究者の不安定な雇用があるとの報道からは、さらに深刻な問題が見えてきます。はたして、不安定な雇用とはどのようなものなのでしょうか。
■ 雇用の多くは任期付の非正規
2014年に世界的な話題となったSTAP細胞問題から、学術界を挙げて研究不正への対策を強化してきましたが、実際に不正をゼロにするのは困難と言われています。今回発覚した不正は、2017年2月に京大の山水康平特定拠点助教らが米科学誌に発表した論文に掲載したグラフにねつ造と改ざんがあったと認定されたものです。山水助教以外の共著者(10名)は不正に関与していなかったと報じられました。
山水助教の役職名「特定拠点助教」とは、京大独自の特定有期雇用教員で、iPS細胞研で再生医療に従事する任期付の助教授のことです。将来的な実用性の高いiPS研究を担う職員ですらプロジェクト終了時までと期間を限定しての契約なのに驚かされますが、これが研究者を取り巻く現実です。iPS研究所所長である山中教授自身、2017年9月に同研究所の教職員の9割以上が非正規雇用であることを訴えていました。研究費獲得競争が激化する中、雇用期間に定めのある非正規雇用研究者たちは限られた予算と期間内に成果を出すことを求められています。非正規雇用研究員が増えているのは、研究機関だけの問題ではありません。国の基幹研究を担う大学でも同じ状況です。
■ しわ寄せは若手に
経済効率性重視のアベノミクスのもと、国立大学法人運営費交付金は減り続け、国立大学は研究費(特に基礎研究)の確保に苦労しています。かつて潤沢な研究費が確保できていたころに雇用された常勤研究者(正規雇用)が高齢となるのに対し、研究費の確保ができない状況で採用される若手は任期付の非正規が多数。まさに、若手研究者が研究費削減のしわ寄せを受けている状況です。
少し古いデータですが、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2015年3月に発表した「大学教員の雇用状況に関する調査」が参考になります。東京大学などの主要11大学(RU11*)の教員総数は2007年度(平成19年度)26,518人、2013年度(平成25年度)29,391人でしたが、そのうちの任期無し教員は、2007年度では 19,304 人だったのが、2013年度では 17,876 人に減少。一方、任期付き教員は7,214人から11,515 人にと大幅に増えていました。年代別で見ると40歳未満の若手教員が任期付教員に占める割合が多く、残念ながら、この傾向は今も改善されていません。多くの研究者が40歳代になっても任期付雇用のまま研究を続けざるを得ない状況に置かれているのです。
任期内に成果を出せなければ次の職を得るのは難しい――不安定な雇用は研究者を不安に陥れます。iPS研究所で不正を指摘された山水助教も2018年3月末に迫った雇用期限を前に、何とか見栄えの良い成果を出そうと焦ったのかもしれません。
*RU11:日本の研究活動を牽引する主要な研究大学として学術研究懇談会(RU11)を構成する 11 大学(北海道大学、東北大学、筑波大学、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)のこと。
■ 若手の減少は日本の科学技術力の低下につながる恐れも……
任期付雇用で数年ごとに職探しで苦しむならと研究の道を断念する若手もいるでしょう。そもそも安定した職に就ける見通しが立たない研究者を目指す学生の数が減少しています。国公立大学をはじめとする大学、研究機関の若手研究者の減少が日本の科学技術競争力の低下につながることは何年も前から指摘されてきました。若手の雇用が進まない一因に大学教員の定年が65歳になったことが挙げられていましたが、国の政策変更および予算削減の影響が大きいとの意見もあります。国立大学は人件費の削減を迫られてきたからです。人件費が出なければ、退職者の補充としての新規雇用ができず、非正規を正規に切り替えることもできない。実績のある中堅研究者を雇用すれば若手まではポストも資金も回らない。その上、運営費交付金の減額も追い打ちをかけているとする専門家もいます。政府は運営交付金の代わりに競争的資金を増額してはいるものの、この資金は期限付きプロジェクトにかかわることが多いことから若手研究者の継続的雇用にはつながりにくいと指摘されています。任期なしの職員の人件費は運営費交付金などの基盤的経費から支出されるのに対し、任期付若手職員の人件費は競争的資金などの短期的な財源に頼っていることが多いため、若手研究者にとってプロジェクトの終了は、雇用契約の終了を意味するのです。
このまま若手研究者が減り続けてしまうと、日本の研究を支える人材が不足し、結果として科学技術力の低下につながる恐れが大きいと懸念されます。文部科学省も、若手研究者の非正規雇用数増加や若手研究者数の減少には問題意識を持っているものの、簡単な解決策はありません。将来に不安を与える任期付き雇用は研究者を疲弊させます。不安定な雇用が論文のねつ造や改ざんの遠因のひとつとなっているのであれば、研究不正の対策には倫理面だけでなく、研究者らが安心して研究に専念できる雇用環境面も考えなければならないでしょう。効率性・採算性を重視した政策だけでは、若手研究者の未来は支えられません。iPS研究所での不正発覚は、研究のねつ造・改ざん以上に根の深い問題をあぶり出しているのです。

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