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ウィキペディアは科学の「言葉」に影響する

「ウィキペディア」は、誰でも執筆・編集できるオンライン百科事典として知られています。何か気になることを調べるためにはとても便利なウェブサイトです。しかし、誰でも簡単に執筆・編集できることから、その信頼性には限界があり、論文などを書くときには、それを参照・引用することは慎重になったほうがいい、と一般的にいわれています。大学の教員のなかには、学生たちに対して、レポートを書くときにはウィキペディアどころかインターネットを参照すること自体を禁止する方もいるほどです。
しかし現実には、科学者もウィキペディアを参照しています。それどころか最近、科学者の「言葉(言語)」はウィキペディアの影響を受けている、と主張する研究結果が報告されました。
マサチューセッツ工科大学のイノベーション研究者ニール・トンプソンとピッツバーグ大学の経済学者ダグラス・ハンリーは、ウィキペディアが科学者の言葉にどう影響しているかを調べるためにある実験を行い、その結果をまとめた論文の原稿を9月20日、「社会科学研究ネットワーク(SSRN : Social Science Research Network)」が運営するプレプリントサーバー(論文の原稿を投稿するウェブサイト)に公開しました。
トンプソンとハンリーは大学院生らに、ウィキペディアにまだ書かれていない化学分野のトピックについての記事を書かせました。彼らはそうしてできた記事43件を無作為に分け、半分を2015年1月、ウィキペディアで公開しました。残りの半分は「コントロール(比較対照群)」として、公開していません。公開された記事は、2017年2月までに200万を超えるページビューを稼ぐ結果となりました。(彼らは大学院生らに経済学の分野の記事も書かせたようですが、この論文では主に化学分野での影響が分析されています。)
ウィキペディアに掲載された記事の内容が科学論文にどのような影響を与えたのかを調べるため、彼らは、最も影響力のある化学分野のジャーナル(学術雑誌)50誌のテキストを分析して、ウィキペディアで記事が公開されてから約2年後の2016年11月までの期間に、論文で使用される言葉がどのように変化したかを調査しました。
彼らは、論文で使われている言葉の頻度や新しい単語が現れた時期などを計算した結果、

平均すればウィキペディアの記事1本の存在は、そうした科学論文内の意味ある単語のうち0.33%(つまり約300分の1)を変化させる

ということを発見しました。これは「新しいウィキペディアの記事 → その記事を読む科学者 → 科学文献への影響」という「因果的な影響が強い」ことを示しています。
トンプソンとハンリーはさらに、ウィキペディアの影響は、有名なジャーナルよりも、あまり引用されないジャーナルで、より顕著であることを発見しました。また、論文の著者たちの国を調べてみると、高所得の国よりも低所得の国の研究者たちにウィキペディアの影響が強く見られることもわかりました。
彼らは論文のアブストラクト(要約)で、ウィキペディアのような誰でも利用可能な情報源にアクセスすることは「科学を進展させるために費用対効果が高い方法」だと肯定的に評価しています。「(情報入手の)公平さを高め、科学情報に従来的な方法ではアクセスできない人たちにより大きな恩恵をもたらす」と。
また『ネイチャー』のニュース記事で著者の1人は、購読料が高いジャーナルにアクセスしにくい国の科学者のなかには、ウィキペディアに依存している者がいるかもしれない、と推測しています。一方、この研究に参加していない研究者の1人は、論文を書くとき、言葉の手本としてウィキペディアを参照している科学者もいるからではないか、とコメントしています。また別の研究者は、科学者もウィキペディアのような一般向けに書かれた資料を参照していることがわかったということに、この研究の意義を見出しています。
ウィキペディアはしばしば、不正確なこと、記述の根拠が明らかでないことなどが指摘されます。それを改善する方法として、専門家が執筆や編集に参加することが推奨されており、実現しつつあります。たとえば、『RNA生物学(RNA Biology)』というジャーナルでは、2008年以来、論文の内容に関連するウィキペディアと連動したページの当該項目を更新することを、著者たちに義務づけています。
トンプソンらの論文はまだ査読中なので、その評価には慎重になるべきかもしれません。しかし、誰でもアクセス可能な情報源が科学者に肯定的な影響を与えているのだとしたら、科学を進展させるためには論文自体のオープンアクセス化もまた、これまで以上により前向きに検討されるべきでしょう。

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