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論文の自主撤回は研究者の経歴にマイナスか?

自分の研究の間違いに気づいた時、沈みこむような思いを感じた経験はありますか?例えば、実験を続けてきたサンプルのラベルに付け間違いが起こってしまい、細胞株が想定していたものとは異なっていたとしたら・・・・・・既に論文にして発表した実験の結論は、正しくなかったことになります。まったく想定外のこととは言え、自分の研究成果が学術界を意図せずミスリードしてしまうだけでなく、自分の実験を再現するために他の研究者の時間と労力を無駄にさせてしまうことになることでしょう。さらなる悪影響が生じる前に、論文を自主的に撤回しますか?論文を撤回すると、誤った研究結果を発表したことが学術界の知るところとなるほか、研究者としての経歴にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

論文撤回の影響

研究結果を発表・報告することを目的に出版された論文を修正する方法には、訂正と撤回があります。訂正はあくまでも修正のレベルであり、論文に記された実験の結果の信頼性が疑われるような深刻な間違いなどが見つかった場合には、撤回となります。過去における論文の撤回の多くは研究者による不正に伴うものであり、学術雑誌(ジャーナル)の編集者が撤回を行います。一方、研究者が自分の間違いや重大な問題に気づき、自ら編集者に論文撤回を申請することもあります。自分の非を認めて自主的に論文を撤回することが歓迎されたとしても、不名誉な印象はつきまといます。今後、撤回論文の研究者が発表する論文を他の研究者は信頼して引用してくれるでしょうか? 研究資金の獲得に影響する恐れはあるのでしょうか?学術界で職を得ることができるでしょうか?論文撤回が否定的に見られる以上、不安は山積みです。

有難いことに学術界は、意図しない誤りによる撤回には寛容な姿勢を示す傾向があります。撤回を通じて研究者は誤りから学ぶことができ、同時に、ジャーナルは不適切な論文を除外することができるので、関係者にとっては有益です。従って、長期的に見れば、自主撤回を推奨することは学術界のためになるのです。

研究履歴に「論文を自主撤回した」記録が残ることで疑念を持たれるとしても、逆に自分の長所に変えてしまうこともできます。つまり、自主撤回は、その研究論文の執筆者が次のような資質を備えていると言えるのです。

  1. 誠実であること
  2. 自分を省みることができ(自省的)、自分の研究も批判的にみることができること
  3. 自分の考えに対し、批判を聞く耳があること
  4. 自分の誤りから学べること

自主撤回は推奨されるべき

発表した論文の間違いを執筆者が認めて撤回しなければ、その誤りは修正されないままとなってしまいます。そう考えれば、論文の撤回は推奨されてしかるべきことでしょう。とはいえ、研究不正を隠すため、あるいは不正行為に基づく研究を発表したとの疑惑を回避するために自主撤回することも考えられます。一、二度程度であれば自主撤回を悪用して不正を切り抜ける不誠実な執筆者がいるかもしれませんが、度重なれば学術界から疑念を持たれることになります。

不適切な研究論文が淘汰されることは望ましいことです。そして、学術誌は確実に自主撤回の悪用を最小限に抑える仕組みを考慮しつつ撤回に関する方針を作成することでしょう。学術界にとって自主撤回は確かな利益となりえるのです。

自主撤回するには

ほとんどの著者は論文の撤回を自ら率先して行いたいと思いません。それでも間違いに気づいたら、学術雑誌の定める撤回のガイドラインに従って申請を行いましょう。ガイドラインとは、学術出版に従事する人たちが一定の質を確保し、その分野での一貫性を保持することに資するものです。学術雑誌により多少の違いはありますが、全般的な考え方は同じです。撤回の場合の手順は次の通りとなります。

  1. 共著者がいれば、その全員に、間違いと自主撤回の意向を伝える。
  2. 学術雑誌の編集者に対し、自主撤回する理由を文書で伝える。
  3. 編集者から、撤回ガイドラインに従った手順を教えてもらう。
  4. 状況によっては、法的な助言を受ける。当該論文の出版に関与した研究者や編集者の全員で自主撤回を決断する。

自らの誤りを告白した研究者のその後

自主撤回した後も、研究者としての活動は続きます。

論文の撤回は、研究者の将来のキャリアに悪影響を及ぼす否定的なものと捉えられてきました。しかし、ハーバード医学大学の学生であるNathan Georgetteのように、最初に執筆した研究論文を自主撤回した経験を有していても、彼の誠実な行動がその後のキャリアにマイナスの影響を及ぼすことはなかったという例もあります。また、自主撤回からさらに一歩進んだ行動を起こした研究者もいます。カリフォルニア大学のPamela Ronaldは、彼女が行っていた細菌株の実験においてラベル付けを誤ったため、分析結果の信頼性を失っていました。彼女は、該当論文を自主撤回しただけに留まらず、学会でそのミスについて発表したのです。この発表は、彼女にとって生涯最大の試練でしたが、学会に参加した科学者たちからの称賛を得たのです。

誰でも間違いを起こす可能性はありますが、その間違いを正すことが大切です。悪意のない誤りによる間違いの撤回であれば、キャリア上に深刻な影響をもたらすことはありません。真摯な態度で研究を続け、学術研究の利益・発展のために行動することが何よりも求められているのです。

論文撤回の状況

論文撤回を監視するサイト「Retraction Watch」の発表によると、1年間に学術雑誌から撤回される論文は、500~600本にもおよびます。しかも、過去数十年間にその数は確実に増えてきています。2000年以前には年100本以下だった撤回数が、2014年には約1,000本に増加。撤回される論文の割合は大きく変わっていないので、発表される論文の増加に応じて、撤回数が増えていると言えるでしょう。これだけ多くの論文が撤回されていることを鑑みれば、これらが撤回されずに放置されていた場合の弊害が非常に大きなものになることは想像に難くありません。間違いに気が付いた論文執筆者は、躊躇することなくできるだけ速やかに撤回すべきでしょう。

学術文献が信頼できるものであることが、全ての人にとって極めて重要なのです。


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