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欧州大学協会が学術出版社に対する訴状を提出

世の中で「海賊版」といえば批判されるのが普通ですが、学術出版において購読費を支払うことなく学術論文が入手できる「Sci-hub」は、海賊版サイトと呼ばれながらも研究者の支持を得ており、逆に、Sci-hubを提訴している大手学術出版社のエルゼビアが大学や研究者から批判されるという事態となっています。オープンアクセス化が進む昨今、学術出版社への批判および圧力が強まっています。

10月30日、欧州48ヶ国の800校以上の大学と33の学長会議が参加している 欧州大学協会 (European University Association; EUA)がEuropean CommissionのCompetition部門にエルゼビアの親会社RELXグループを含む大手学術出版社5社に対する申し立てを提出しました。その中には、学術出版における透明性と競争の欠如に関する問題点が指摘されています。

■ 学術出版社への批判=高すぎる購読料

そもそも、なぜ学術出版社への批判がここまで高まっているのか?そこには学術出版社による購読料の値上げが大学や研究機関の許容範囲を超えてしまった現実があります。大手出版社の多くは、購読率の高い人気学術雑誌(ジャーナル)と比較的読まれていないジャーナルを抱き合わせで購入させるパッケージ販売を行っています。読まないものは要らないから安くして、と言いたいところですが、1誌ごとに購入したとしても購入費は膨らむ一方。購読料の度重なる値上げに大学・学術機関なのに学術ジャーナルが購読できないという事態に陥っているのです。欧州の大学から購読をボイコットされたことや、Sci-hubとの裁判で話題になることの多いエルゼビア社の購読料の高さは有名ですが、他誌の値上がり率もかなりのものです。

日本の状況を例に挙げれば、9月29日の日本経済新聞の記事には、“大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)によると、海外の自然科学系学術誌の2018年の年間購読料の平均は1誌あたり平均2895ドル(約32万円)。1990年の9倍に達した。1年間で平均8%の値上げで、大学など研究機関が抱える研究・資料購入費を圧迫している。”と書かれています。この記事の元となったJUSTICEのデータを見ると、値上がり率は分野によって異なるものの、1990年から2018年までの29年間における自然科学系・海外学術雑(冊子)の毎年の値上げ率の全分野平均は8.17%、人文科学系は8.67%。冊子ほどではないにせよ電子ジャーナルの価格も推移しており、2012年から2018年の7年間の毎年の値上げ率の全分野平均は自然科学系で4.40%、人文社会科学系で5.46%となっていました。また、学術出版社は基本的に購読料から利益を得ていますが、11月21日のNewScientistの記事によると、学術論文の出版社の利益率は石油産業や金融を上回る40%におよぶそうです。これでは大学や研究機関が怒るのも無理はありません。

■ 欧州の大学、学術出版ビジネスにおける競争の欠如を懸念

この継続的な値上がりは世界共通であるため、各国の大学や研究機関は財政を圧迫され、EUAは訴状を提出するに至ったのでしょう。そこには、学術論文の出版市場が寡占状態にあること、公的な資金により行われた研究の論文により出版社が利益を上げていること、購読契約における価格の透明性が損なわれていることなど8項目におよぶ問題点につき、項目ごとに具体的な説明が書かれていました。この訴状で対象とされたのは、RELXグループ(英)、Taylor & Francis(英)、Wiley-Blackwell(米)、Springer Nature (独)、SAGE(米)の5社。これらの大手学術出版社は、学術論文の著作権を行使して利益を上げていますが、そのことで研究者が自由に研究論文を閲覧・利用することを妨げているとの批判も多く、その対抗策としてSci-hubのような海賊版が研究者に受け入れられているという実態があります。経済的な理由により研究論文にアクセスできないため、Sci-hubを情報源として利用している研究者も多いのです。また、出版社が契約を盾に論文の自由な公開を制限することが、研究の発展に悪影響をもたらすとの意見もあります。論文著者である研究者にとって重要なのは、自身の研究成果が正当に評価され、成果が共有されることによって自身の研究分野が発展することです。論文掲載料を支払った上に、著作権を譲渡する一方で、購読料の上昇で研究機関や研究者自身が負担を強いられることを望んでいるわけではありません。しかも、学術出版の品質維持に不可欠とされる論文の査読は、研究者のボランティアベースで行われているのです。公的な助成金を使った研究者が執筆した論文を、公的機関から給与の支払いを受けた研究者がボランティアで査読を行う、そしてその論文を出版した学術出版社が利益を得る――研究者が不公平だと訴える理由でしょう。

訴状には、欧州の大学は毎年、研究データおよび論文へのアクセス、つまり、自校の研究者が執筆し、査読を行った論文を読むために数億ユーロを費やしていると記しています。EUAは問題点を述べ、補足情報として、学術雑誌のオープンアクセス(OA)化を目指すイニシアチブ「OA2020」や、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「プランS(Plan S)」について言及しながらも、調査および判断はEU競争総局(Directorate-General for Competition)に委ねています。

 

すべての学術研究に誰もが自由にアクセスできるようになることは理想です。とはいえ、現在の学術出版のシステムを構築したのは、学術出版社です。ただ、学術研究成果の発表方法および成果(データ・論文)へのアクセス方法、成果の扱いに対する考え方が変わってきた中で、学術出版社の要求が研究機関や研究者にとって重い負担となってしまったために、出版社は訴えられ、Sci-hubは支持を集めるようになっているのでしょう。その結果として、オープンアクセスが進んでいるのです。学術出版のビジネスモデル自体が転換点に来ているのではないでしょうか。

 


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