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ジャーナル査読者になるチャンスは誰にでも平等か

学術雑誌(ジャーナル)の査読(ピアレビュー)は学術出版の要です。査読とは、投稿された論文を同分野の専門家が評価・検証を行うことで、この査読を通過できた論文のみがジャーナルに掲載されることになります。


よって、誰もが査読者になれるわけではなく、ジャーナルの編集者によって選出・依頼されます。一般的には投稿論文のテーマに沿った関連分野で活躍している研究者が選ばれるわけですが、査読を引き受けたら、投稿論文を読んで品質を確認し、必要な場合にはアドバイスを提供しなければなりません。査読者が担う作業としては以下が挙げられますが、査読者の役割や選出の方法を公開している出版社もあるので、それらも参考になります。

  • 投稿論文に書かれた研究が、学術ジャーナルで発表するにふさわしい内容であることを確認する。
  • 既存の研究で参照すべき重要なものがある場合には、論文著者に対して助言を行う。
  • 論文に書かれた方法および統計手法をチェックし、必要に応じて表現の訂正などを求める。
  • 論文の結論が研究の結果に裏付けられたものであることを確認する。

理論的には、これらの実務をこなせる研究者であれば誰でも査読者になれることになります。しかし、現実的に査読を担うには、さらなる能力が求められます。

Publonsによる査読に関する調査報告書

学術ジャーナルで出版されるほとんどの論文が英語で書かれていることから、アメリカにいる研究者が査読者になることが多いのでは、と思われがちです。Publonsが公開している査読に関する調査報告書「2018 Global State of peer review report」によれば、アメリカにいる研究者が査読を担った割合はすべての査読の32.9%でした。驚くのは、この割合はアメリカの研究者による論文出版の割合25.4%を上回っていることです。査読には多くの国の研究者が関わっており、このPublonsの調査報告書には、アメリカ・ドイツ・イタリア・スペイン・フランス・オランダ・スウェーデン・カナダ・英国・日本といった先進国と、中国・ブラジル・トルコ・インド・イラン・韓国・マレーシア・ポーランドといった新興国の研究者の査読関与の比較も示されています。中国の研究者が査読を担った割合を見ると8.8%ですが、論文出版の割合は13.8%でした。割合ではアメリカを下回っていますが、中国の論文発表数はアメリカに引けをとりません。しかし、査読への関与度合の差は大きく、中国の研究者が積極的に査読に関わっていないことが見て取れます。一方、調査では、中国人著者は査読者として招待されればその任務を受ける確率が高いことも示されていました。これらの比較から、先進国の研究者が査読に関与する割合は高く、対して査読への関与が低い新興国では出版の割合が高くなる傾向があることが見えてきます。

査読者の選出における偏り

なぜ、先進国の研究者が査読を担う率が高いのか――そのひとつのカギは査読者を選出する学術ジャーナルの編集者にあります。ほぼすべて(96.1%)の編集者が先進国におり、新興国にいる編集者はわずか(3.9%)です。そして編集者は自分の国や地域から査読者を選びがちであるため、偏りはそのまま査読者の数となって表れます。

もうひとつの理由は言語能力です。新興国の研究者の多くは、英語を母国語としないESL Speakerです。査読者が論文の記載を正しく理解し、修正する能力を有していると編集者が信頼できなければ査読者として選出することはないでしょう。査読者として選ばれる、もしくは推薦されるチャンスが少なければ、査読者としてよい評価を得ることもできず、評価がなければ選ばれる可能性は低くなる――結果として負のループから抜け出せないことになってしまうのです。

査読者がすべて同じスキルを有するとは限らない

査読のチャンスが得られても、先進国と新興国の査読者が全く同じスキルを有すると言えない部分もあります。査読レポート(査読報告書)を作成する際、先進国の査読者の方が長い文章を書くことが数字に表れています。先進国の査読者が平均して528ワードの文章を作成しているのに対し、新興国の査読者の平均は250ワードと、文章量に差が生じているのです。英語を母国語としない研究者の中には英文を書くのが苦手な人もいるでしょう。もちろん、注視すべきは査読レポートの長さではなく質です。とはいえ、インパクトファクター(IF)の高いジャーナルでは長い査読レポートが書かれることが多いようです。高IFジャーナルの査読者がより熱心にレポートを作成するからなのか、編集者が長文を書く研究者を好んで選出しているのか――その理由はわかっていません。

一方、新興国の研究者は低IFジャーナルの査読に関わる傾向が見られます。その理由として、高IFジャーナルの編集者が先進国の研究者を優先して選ぶため新興国の研究者が選出されにくいから、あるいは新興国の研究者が査読を引き受ける際の選択肢が少ないから、など複数が考えられます。

さらに興味深いことに、査読を進めるスピードにも違いがあります。高IFジャーナルの査読レポートの方が早く仕上がるのです。より有名なジャーナルの査読を行う方が、研究者のモチベーションを高めるのかもしれません。つまり、高IFジャーナルの査読者の方が、長い文章を素早く書くということのようです。

ジャーナル(出版社)ができること

もっと多くの新興国の、英語を母国語としない研究者にも査読を依頼できるようにするため、ジャーナル(出版社)にできることはあるのでしょうか。査読者候補の枠を新興国の研究者にも広げられれば、より幅広いスキルと経験を有する多くの研究者を査読者として取り込むことができます。ジャーナルおよび新興国の研究者双方にとって良い方向に進めることは可能なのです。

そのためには、ジャーナル(出版社)が査読者向けのトレーニングを提供することも有効です。ある調査によると、査読者の77%がトレーニングの受講を望んでいると示されていました。また、査読のフィードバックを望む査読者もいるので、ジャーナルの編集者から査読者にフィードバックを伝えることもよいでしょう。それにより、査読者、特に英語を母国語としない(ESL)査読者は、ジャーナルがどのような査読レポートを望んでいるか具体的につかむことができるようになります。

さらに、ESL査読者の書いた文章を校正するサービスが提供されれば英語での文章作成に自信のない査読者の助けとなりますし、言語による障壁を取り払うことにもつながります。他にも、ESL査読者の参加を促す際に役立つことがいくつかあります。まず、編集者はESL査読者が何をすべきか理解していると思い込まず、査読者に望むことを明確に指示する必要があります。その指示の中には、査読レポートの長さや盛り込むべき内容も含めます。編集者は、英語が得意ではなくても査読を引き受けることは問題ではないとESL査読者を安心させることもできるでしょう。その策のひとつとして前述の無料校正サービスの提供などが挙げられます。

Publonsのレポートから研究者によって査読への関わり方に差があることが分かりました。査読自体が大変な作業なので、英語が母国語ではない新興国の研究者にとってはさらに重たい作業であることは否定できません。それでも研究者のキャリアを発展させるためには査読に関わることも重要なステップですので、多くの研究者にチャレンジしてもらいたいものです。

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