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エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。
本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。
サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。
今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。
『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。
エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。
興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。
また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。
さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。
学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost of Knowledge)」となって広がっています。
確かに、サイハブは違法なのでしょう。しかしながら、エルゼビア社をはじめとする学術出版社がこうした研究者たちの不満に対する解決策を提供できていないのも事実なのです。

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