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オープンアクセス推進に欧州も参戦

2017年3月、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission; EC)が、ある発表を行いました。内容は、オープンアクセス出版について。誰でも最新の研究成果を無料で見られるようにする、という世界で話題の出版プラットフォームを、ECも設立しようかというのです。学術出版界に大きな影響を与え得るこのオープンアクセスとは何なのか、その可能性にあらためて迫ります。
■ 欧州委員会がオープンアクセスへの参入を検討
ECは、EUにおける法案の提出や政策の遂行・運営、法の順守、基本条約の支持など、連合の日常の運営を担っています。その傍ら、巨額の科学研究費を研究機関に提供しており、支援した学術研究の無料公開を促すことで、学術界にも影響を及ぼしてきました。
かねてよりオープンアクセスの方針の策定に関わるプロジェクトを助成してきましたが、2016年5月に開催された会合ではEUの「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業に関わる欧州の大臣たちの会合)」が公式文書を発行し、欧州のすべての科学記事を2020年までに無料でアクセス可能とし、さらに公的に支援された研究で得られたデータを公開・共有することで再利用を可能とすべき、との合意に達したことが記されています。
そして2017年3月、ECが上述の通り、オープンアクセス出版に関する方針を発表しました。ECは年間100億ユーロ以上を研究費として支援していますが、同様に学術研究を支援する「ウェルカム財団」および「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の出版モデルを採用し、ECが助成した研究者が欧州内でオープンアクセス出版に移行するのを加速させようとしています。
■ 社会はオープンアクセスを求めている
学術出版界でオープンアクセスの動きが加速する反面、出版業界はこの動きをあまり好意的に受け止めていません。査読を受けていない学術論文でも公開してしまえるオープンアクセスは、最新の科学情報を無料で閲覧できるようにしてしまうため、購読収入を得られなくなる大手出版社にとっては非常にやっかいなのです。権威ある有名なジャーナルでの論文出版にこだわる研究者も一部にいるとはいえ、出版までの手続きに時間と手間をかけずに済むことに意義を感じる研究者や、高額な購読料を払えない研究者が多いのも現実です。
そうした現状もあり、オープンアクセスを推進する動きが拡大しています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、学術成果をオープンアクセス化するためのプラットフォーム「 Gates Open Research」を、2017年後半に公開するとしています。財団の支援を受けたすべての学術・科学研究がオープン化の対象となり、研究者は、論文評価サイトF1000(Faculty of 1000)が管理するこのプラットフォームを用いて速やかに論文を公表し、相互評価を得ることができます。
ウェルカム財団もゲイツ財団同様に、財団が資金提供した研究の成果として発表された論文を条件付きで無料公開するよう求めてきましたが、2016年11月に同財団の助成を受けた研究論文を公開するプラットフォームとして「Wellcome Open Research」を立ち上げました。このプラットフォームでも論文は即座に評価され、研究者は専門家からの建設的なフィードバックを得ることができるようになっています。公開から9ヵ月後(2017年8月22日時点)には、出版された論文数が100を超えたと発表しています。
■ 研究者に大きなメリット
20年以上前から話題になり、それを可能にするインターネット技術が既に存在するにも関わらず、いまだに論文公開の一方法として定着しないオープンアクセス。前述のような高額な研究支援を行う団体が、既存の出版のあり方とは異なる新たな方法に踏み出すことは、大きな変革と言えるでしょう。
研究支援する側は、資金提供した研究の結果をいち早く公開し、多くの人に見てもらえる。投稿する側は、査読にかかる時間が短縮されることで、研究論文への評価を迅速かつ効率よく得られる。発表から時間を空けずにPubMed(オープンアクセスの一つ)のようなデータベースに執筆論文が登録される。このように、オープンアクセスは支援者および研究者双方にメリットをもたらします。さらに、公開後も論文の再編集が可能な上、査読も実名で行われるため、透明性も確保されます。ソフトウェアの研究のように従来のジャーナルでは受理されにくかった内容も、オープンアクセスであれば公開可能です。伝統的な科学的分野では受け入れられにくかった分野の研究にも、門戸が開かれているのです。
■ どう出る出版社……
ウェルカム財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、そしてEC。これらは研究支援実績の大きさから、三大科学研究助成団体と呼ばれています。その3つの団体すべてが、そろってオープンアクセス出版を推し進める昨今、この流れを止めることは、もはや不可能に近いように思えます。
これがもたらす効果として、他の研究支援団体もオープンアクセスを促進することが予測されます。しかし既存の学術出版社が黙っているでしょうか。逆風と言える状況で、彼らはどうふるまうのか。学術出版社とオープンアクセスの攻防の行方は……。私たちは今、学術界史上、重要な転換点に立っているのかもしれません。


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