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論文掲載への報奨金は学術界にプラス?マイナス?

2017年9月、中国政府による論文掲載への報奨金制度が明らかになりました。中国人科学者の発表論文数が急増した背景に、多くの研究者がScienceやNatureなどの著名な国際学術ジャーナルに論文が掲載された際に報奨金を得たことが発覚。金銭目的に投稿される論文の信頼性や中国の科学全般の公正さについて、疑念を持つ声が上がりました。実際、査読過程で不正が見つかった論文が、多数取り下げられたこともありました。
しかし中国の他にも、カタールや台湾、オマーン、そしてアメリカなど多数の国の研究機関が、論文を発表した研究者に報奨金を支払っています。研究者にとっては研究資金を得ることができ、大学や研究機関にとっては、このインセンティブによって論文投稿が増え、ひいては国全体の学術研究における威信が高まることが期待されています。
■ 気になる金額は?
では、報奨金は一体どの程度の金額なのでしょうか。5000ドル以上を支給する国もあるようですが、やはり高額なのは中国で、最高165,000ドル(約1,730万円)も支払われている――との説があります。
中国の大学に所属するWei QuanとBikun Chen、カナダの大学に所属するFei Shuの3名の研究者がプレプリント投稿した、中国の論文掲載への報奨金制度に関する文献(Publish or impoverish: An investigation of the monetary reward system of science in China)に、興味深い調査結果が示されています。これは、報奨金の提供をウェブサイトに公開している100の大学を対象とし、約20年の間(1999-2016年)に作成された報奨金に関する168の文書を分析したものです。これによると、中国の大学がWeb of Science採録の雑誌で公開された論文に提供した報奨金の幅は、30ドルから165,000ドル。報奨金の平均は、過去10年間で増加していることが実証されました。
報奨金の平均額が高いのはNatureとScienceで、2016年はなんと43,783ドル(約460万円)。2008年の平均額に比べると67%の増加となっています。日本の国税庁によると、同年の日本の民間給与の平均は422万円。中国の研究者は、著名な学術ジャーナルへの1本の論文掲載で、日本の平均年収を上回る報酬を得ることになるのです。もちろん、学術ジャーナルによって水準は異なり、PLOS OneやMIS Quarterlyなどへの掲載の場合は先述の2誌より低く、例えばMIS Quarterlyの2016年の平均は2,938ドル(約31万円)でした。高額2誌のわずか1/10以下にとどまります。
■ 格差を生む報奨金
研究者にモチベーションをもたらし、国全体の研究水準を引き上げる効果も期待されるこの制度ですが、よいことばかりではないようです。
Weiらは、報奨金が学術界に「マタイ効果」、すなわち富める者はますます富み、奪われる者はますます奪われる――という状況を招く、と示唆しています。なぜなら、高額の報奨金を一度でも得た研究者は、それを資金にさらに高度な研究を行うことができ、再び報奨金につながる論文投稿のチャンスを得られます。一方で、研究資金の乏しい研究者は、常に資金の心配をしながら限られた研究を続けるしかなく、結果、報奨金を得られるような画期的な研究にはずっと手が届かない、という悪循環に陥ってしまうことが危惧されているのです。
文献では、中国をはじめ複数の国々による報奨金の付与ならびにその結果から鑑みて、次のような変化が学術界にもたらされるとしています。
・研究者たちは報奨金が付与される研究機関での仕事を選ぶようになる
・研究者たちは権威ある学術誌への論文掲載に向け、熱心に研究活動を行う結果、科学研究が進む
・研究者たちは権威ある学術誌への掲載に執心するあまり、後進の育成がおろそかになる
・自らの競争力を高めるため、報奨金を提供し、それを公表する研究機関が増える
・資金に余裕のない中小規模の大学・研究機関でも、研究者にとって魅力的なインセンティブを付与することで、優秀な研究者を確保できるようになる
・公平性を保つため政府が報奨金を付与するようになる
・公平性を期すため、学術ジャーナルが報奨金を禁止する可能性も
Weiらの調査対象は中国の研究機関のみですので、世界における全体像を俯瞰しているとはもちろん言いがたいですが、それでも彼らの調査は、論文掲載に対する報奨金制度のいくつかの課題を浮き彫りにしました。「Publish or perish(出版か死か)」という学術界ならではの表現を「Publish or Impoverish(出版か貧困か)」と言い換え、報奨金制度への警鐘を鳴らしています。学術界にとってプラスになるのか、マイナスになるのか。この影響は今後数年の間に、さらに議論されることになると予測されます。
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