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日本政府が10兆円規模の大学基金を創設

2020年12月8日、日本政府が10兆円規模の大学基金を創設し、大学の国際競争力の強化および、若手研究者の人材育成、研究施設の整備支援に充てる方針を発表しました。経済対策の一環として日本の大学の研究力の抜本的強化を狙ったものです。国の財源からだけでなく、参加する大学や民間の資金を活用することも検討するとし、文部科学省所管の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が外部機関に資金の運用を委託する予定です。国内外の債権や株式などへの投資を行うことで運用額を段階的に増やし、3年後を目処に10兆円規模を目指すとしています。この支援は、世界的な研究を行う大学を対象としたものですが、具体的な選定方法は今後の検討となっています。

進む法整備

2021年1月18日には、管首相が施政方針演説で「十兆円規模の大学ファンドにより、若手研究人材育成などの基盤整備を行い、世界トップレベルの成果を上げる自律した大学経営を促します。(演説より抜粋)」と述べました。そして1月28日、「国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)法」の改正法が参院本会議で可決、成立しました。この法改正が成立したことによりJSTが大学支援資金を運用することが可能となります。JSTは、運用業務担当理事(CIO)と運用・監視委員会を設け、リスク管理体制の構築を進めることになります。資産運用の考え方は内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に設置されるワーキンググループで検討し、損失リスクの管理にも責任を負うことになりますが、財政融資資金の償還リスクが高まった場合のリスク運用停止などについてなどの指標などに関する論点は残されています。大学等への寄付が根付いている海外では寄付金などを財源とした基金を運用し、その運用益で研究開発を支援している大学があるのに対し、日本では政府指導で基金の創設が進められることとなったわけです。2020年度の第3次補正予算案で約5000億円、さらに2021年度の財源投融資で約4兆円の計4.5兆円を確保したものを資本として2021年度より運用を開始。早期に10兆円規模の運用元本を形成することを目指すと書かれています。ファンドの期限は50年。「国際的に卓越した科学技術に関する研究環境の整備充実並びに優秀な若年の研究者の育成及び活躍の推進に資する活動に関する助成を行う」ことを目的に22年度から運用、23年度から大学への分配を始め、将来的には大学が自ら民間資金を拡大して政府支援から脱し、欧米の大学のように自らの資金でそれぞれの基金を運用することを目指すとしています。

不安要素

研究支援に使える資金が確保されるのは喜ばしいことです。とはいえ、不安要素がないとは言い切れません。今回、基金の運用を行っている欧米の有名大学をモデルケースとしたようですが、欧米の大学の資金は自己資金であり、基金の運用は大学によって行われています。根本的に、中央政府が多くの大学を対象として設ける日本の基金は文科省が参考としている欧米の大学の状況とは異なるものです。日本の大学がどこまで基金への積み増しをするかは不明ですし、大学の研究費は文部科学省の予算(一般会計予算)から交付されてきているので、従来の研究費の出し方とも異なることになります。

さらに具体的な基金の運用方法は明らかになっていません。この大学基金10兆円が株式投資という形をとるということは、東京株式市場への影響が出てくることは否定できません。Bloombergには、渡海紀三朗元文部科学相がこのファンドの運用益で大学の支援を行うために、運用資産が10兆円となった際には年3%程度の収益率が望ましいと考えているとのコメントが掲載されています。これは年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の過去20年と同水準と書かれていますが、この低金利の時代に、金融緩和で株式市場にお金が流れ込んでいた時期の利回りを参考にするのでよいのかは疑問です。もちろん、公的資金を株式に投じて運用益を確保するにはリスクを伴います。運用に失敗すれば国民負担が生じることになるのではないか、特に世界経済の動きが激しい昨今、景気変動のリスクを加味すると不安定な財源になりかねないのではないかといった点を不安視する声も出ています。アメリカの大学ファンドの主な原資は寄付金で、それを大学の自己責任で運用し、リスクを取っています。文科省は分散投資・リスク管理を行い、運用リスク管理の高度化を図るとしていますが、大学の研究費が確保できるように(もしくは減らないように)、株価が暴落しないことを祈るのみです。

心配の種は経済面だけではありません。大学の参画要件や運用益の配分方法については内閣府に専門委員会を設置し、そこで策定する基準に基づき選考するとなっています。しかし渡海議員はBloomberg記事で、支援を受ける大学の条件として将来的に資金面で自立する計画を持っていることを挙げており、大学の資金力も考慮することを示唆しています。研究や教育、ガバナンスなどを踏まえて数校を選定した後に、1校当たり年数百億円の支援を想定していると書かれていますが、大学への配分方法如何によっては大学間格差が生じる、あるいは格差が拡大する可能性もあるでしょう。また、菅政権の日本学術会議への対応から、学問の自由や大学の自治をどれほど認めてくれるのか楽観視はできないとする声もあります。

先行きを不安視する材料は数知れず、これらを否定することはできません。とはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大で政府財政がひっ迫する中にも関わらず、日本の大学の国際競争力の低下を喫緊の問題と捉え、大学の研究環境を抜本的に強化し、学術研究・基礎研究に大規模な投資を実行するという国内初の大胆な試みは、「知の創造拠点」としての重要な役割を担う大学および学術界に大きな変革をもたらすかもしれません。この資金を糧とした研究力の底上げが達成されることに期待します。

参考資料

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